今から約150年前、ハーヴァード大学を卒業したヘンリー・デヴィッド・ソローは、故郷の小さな湖のほとりに自分で小さな小屋を建て、晴耕雨読の清貧な暮らしを始めました。この森での暮らしは『ウォールデン―森で生きる―』(ちくま学芸文庫)にまとめられ、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』や『センス・オブ・ワンダー』と並び、大量消費の物質文明に警鐘を鳴らす名著として、今もなお世界中の人々に読み継がれています。

 ふりかえってみれば、日本にもつましい暮らしを実践し、思索した先人がいました。それは例えば鴨長明であり、本居宣長です。彼らもまた、「方丈の庵」や「鈴屋」という極小の書斎で、思索を深め、後世に遺る名著を著したのです。

「plain living, high thinking.=シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。」 を提案する本誌「考える人」は、創刊一周年を記念して、住宅建築の名人である建築家・中村好文氏を案内役に「小さな家」の魅力を総力特集いたします。

「シンプルな暮らしと思索」にはやはり豪華な大邸宅よりも、小さな家が似合います。それはなぜなのでしょうか? ソローの「森の家」や、鴨長明の「方丈の庵」の時代よりも、遥かに「便利」になった現代に、そのような「小さな家」をもくろむことは可能なのでしょうか?

 建築家の中村好文氏は、自他ともに認める「小さな家」の名手。中村氏が最近手がけた仕事のなかから、浅間山麓に建てられた山荘、大磯に建設中の家、そして都内の既存の家に増築した極小の書斎を紹介しながら、「小さな家」の具体的な可能性を提案します。

「名は体を表す」と言いますが、一九四八年、子年生まれの中村さんは主宰する設計事務所を「レミングハウス」と名づけています。レミングとは和名で旅鼠。北欧に生息するねずみの一種です。

 レミングは自分の巣を大切にすることにかけて特別に熱心で、小さな洞穴を巣と定めると、それを自分の巣だと思えるまで内部をくまなく舐めまわし、すべて舐め終わるとようやく落ち着くのだそうです。

 超多忙であり、土日もなく事務所で働く中村さんは、しかし「旅鼠」の名の通り、極めて頻繁に海外に出かけます。今回も、特集の原稿は、ある日はチュニジアから、ある日はロンドンから、そして最後の原稿チェックはウィーンから届きました。正直なところ、こちらはひやひやします。

 しかし建築家の海外旅行は名建築や人々の暮らしを見聞する「芸の肥やし」でもあります。この旅での収穫がいつか何かのかたちとなって中村さんの仕事に反映されることでしょう。

 次回はもう少し詳しく、特集の内容をご案内する予定です。……