M.O.F.という言葉をご存じでしょうか? 五年ほど前、日本の大手銀行の大蔵省担当者、通称「MOF担」による過剰接待が問題になったことがありました。大蔵省は省庁再編後に財務省と名称を変更しましたが、英語名は今も昔もMinistry of Finance。略称MOF。しかし、お尋ねしているのは、そのMOFではありません。

「考える人」がとりあげるM.O.F.は、Meilleur Ouvrier de France、すなわち「フランス最優秀職人」。これはフランスが誇る手仕事に秀でた職人に与えられる名誉ある称号なのです。対象となるジャンルは多岐に及び、パン職人、料理人、木工職人、庭師など百八十種もあります。栄えあるM.O.F.は、四年に一度、厳しい選抜によって誕生します。

 五年前に渡仏し、ヨーロッパの風土や人々の暮らしをテーマに取材を始めた鈴木春恵さんが、とりわけ長い時間をかけて追い続けているのは、革職人のM.O.F.保持者、ピエール・ジェルベール氏の仕事と暮らしです。革職人のなかでM.O.F.に認定されたのは、これまでにたったの五人。しかもジェルベール氏がM.O.F.を受賞したのは三十二歳という若さでした。

 ハンドバッグや宝石箱、旅行用カバンなど、老舗ブランドの一級品を手がけるピエール・ジェルベール氏は、ながらくパリに住みながら仕事を続けていました。しかし二〇〇〇年からパリを離れ、ブルゴーニュ地方の自然豊かな場所へ居を移し、古い農家を大改修して暮らし始めたのです。ブルゴーニュでの暮らしに慣れた彼は、故郷パリについてこのように語っています──。

「仕上がったものを届けるためにパリに出て、高級ブティックが立ち並ぶ通りの人ごみを縫うように歩くとき、どうして自分が田舎に住みたかったかがよくわかる。一緒に歩いている隣の人の声が聞き取れなくなる。そんなときにね」

 ブルゴーニュの豊かな自然のなかでの暮らしと、彼の手先から作り出される革製品の魅力は、どのように分かちがたく結びついているのでしょうか? ブルゴーニュの春夏秋冬の美しい季節の変化もカラー写真でご紹介しながら、その秘密をお伝えする新連載です。