ヨーロッパの中世なんて、遥かに遠い話ではないか。そう思っていたら、『ハーメルンの笛吹き男』を初めとする著作で、そんな意識を見事にひっくり返してくれたのが阿部謹也氏です。阿部氏には一冊だけ別格の本があります。『自分のなかに歴史をよむ』(ちくまプリマーブックス)。若年層向けに書かれたこのシリーズには隠れた名著がたくさんありますが、なかでも阿部氏のこの本は特別です。なぜ阿部氏がヨーロッパ中世を学ぶことになったのかを、少年時代の思い出や経験のなかから、自分の生き方の問題として書いているからです。学問とは、それを学ぶことによって自分も変るものでなければならない──阿部氏の著作に潜む強さ、暖かさの秘密がこの本に書かれています。そして、この本をお読みになった方なら必ずこう思うはずです。「阿部さんの自伝を読んでみたい」。しかし阿部氏は、「功なり名を遂げたというような、偉そうな自伝なんて書きたくないですね」とおっしゃり、なかなか引き受けてくださいませんでした。しかし昨年になってやっと「書き方の方法論を見つけることができました。やってみましょう」と、依頼を引き受けてくださいました。「考える人」の大黒柱とも言える連載「阿部謹也自伝」の冒頭をお読みください。

 この世に生を受けて私が最初に見た世界がどのようなものであったのかは今では確定できない。おぼろげながら記憶に残っている像を集めてみるといくつかの場面が残っていることに気づく。前後は定かではないが、一つは蚊帳である。夜遅くふと目を覚ましたとき、周りはぼんやりとした霧のようなもので覆われていた。その外には何があるのか解らず、母の名を呼んで泣いた記憶がある。母は私が何に怯えているのか解らなかったようだが、悪い夢でも見たと思ったのだろう。抱きしめて慰めてくれた。そのときには私も解らなかったのだが、翌朝目が覚めてみると私は蚊帳の中にいた。そのとき蚊帳を手に取ってみてはじめて昨夜の恐怖が何であったのかが解った。蚊帳を吊ったときも私は手伝ったらしいのだが、夢の中ではその蚊帳の記憶が全く消えていて、恐ろしいものに囲まれているという感じしかなかった。蚊帳を手に取ってみてこれが何故怖かったのか不思議でしょうがなかった。このような断片的な記憶はかなり残っているので、それらをまず集めてみてから私の幼年時について考えてみることにしよう。まず私が住んでいた場所からみていこう。

 創刊号には第一部130枚を掲載しています。秘蔵の写真も阿部氏から何点かお借りしました。どうぞお楽しみに。