年を重ねるとともに渋く枯れてきて、日常も穏やかに静かに暮らすようになる……という年のとりかたも素晴らしいと思います。

しかし、たとえば1932年生れの冒険家・三浦雄一郎さんのように、いったんは山から遠ざかり500メートルクラスの山でも息切れがしてしまうほど体力を低下させたものの、一念発起して体力作りを再開し、ついには70歳でエベレストへの世界最高齢での登頂を成功させてしまう人もいます。そんな年のとりかたもまた魅力的です。

 昔は、「建築家は50歳ぐらいではまだ駆け出し同然」という説もあったようです。さまざまな人生経験や、生活の知恵を豊かにもちあわせるようにならなければ、暮らしやすい家は設計できない、という意味合いがあったのでしょう。また、クラシックの指揮者や演奏家のなかには、60歳ぐらいまではそれほどの名声を勝ち得ていなかったのに、70歳、80歳を超えた頃になって突如、後世に残る名演を次々と送り出す人もいるようです。

「年をとる」という言葉は、体力や気力の衰えを意味することが多いかもしれません。しかし、人生を素晴らしいものに磨き上げてゆく道のりが、すなわち「年をとる」ことだと思えば、高齢化社会を「対策が急がれる社会問題」としてばかりとらえるのではなく、もっと積極的な可能性を持つものとして考えても良いはずです。皆さんのまわりにも、そういう「人生積極派」の方はきっといらっしゃるでしょう。

「考える人」で「六十歳になったから」を連載中の山川みどりさんも、そんな生き方を実践されている方です。山川さんは六十歳まで、働きに働いた会社員でした。雑誌の編集長として、その飽くなき探究心、好奇心を溢れんばかりに発揮して、同僚を鼓舞し、ときにはおびやかし、笑わせて、自分たちが読みたいものと読者が読みたいものを一致させてしまった名編集者です。定年退職をしたらどんな新たな展開を見せるのか、固唾をのんで見守った同僚も多かったのですが、退職して間もなく、母親の看護とその死を看取る、という予期せぬ大きな出来事が山川さんを待っていました。

 もちろん悲しい出来事ばかりではありません。60歳にして初めて自動車の運転免許を取ったり、友人との海外旅行にもちょくちょくでかけたり、美味しいものを食べたり……と優雅なハッピー・リタイアメントの見本のような日々を送ってもいる……かと思えば、ときにはひっそりと、人生のあれやこれやに思いを馳せてもいらっしゃる。自分自身も愉しみながら仕事を続けた人は、定年後も大きな振幅のなかで豊かに過ごすことができるのだ、と思わせてくれるエネルギッシュな人です。

 そんな日常のあれこれを、軽快に綴る連載の今回は、「クリップと安全ピンを飲み込んでしまう」事件が発生します。なぜそんなに危ないものを飲んでしまったのか??? 予期せぬ事件に見舞われる山川さんの日常と、ちょっとしんみりもする心境については、ぜひ本文にふれてみてください。