鳥インフルエンザ問題でテレビに映っていた養鶏場を見てつくづく思ったのは、私たちの食をめぐる環境は、きわめて工業的なものになっているということでした。巨大な養鶏場を上空から写した映像は、「あれは工場だよ」と言われれば、そうだとしか思えないような、ひんやりとした光景でした。

 低価格で、大量に、安定した供給をする、という目的にしたがって、さまざまな技術革新が実現し、私たちの食をめぐる環境は変化してきました。その恩恵に浴している現状をすべて否定することは難しいでしょう。しかし、それだけではない、もうひとつ別の選択肢があってもいいのではないか──そんな新たな動きが、生産者と消費者のなかに少しずつ増えてきているのではないかと感じます。

 たとえば鶏肉にしても、放し飼いにして、無農薬の有機飼料を与えて……というやり方であれば、鶏肉の価格は二倍にも三倍にもなりかねません。それでも買う、という消費者が果たしてどれだけいるのか。手間もかかり面倒でもある作業をいったい誰がやるのか。そして、需要と供給というサイクルがどれほど安定したものになり得るのか、と様々な問題が出てきます。経済活動は「きれいごと」だけでは回ってはいかないからです。

 次号の特集「限定生産はなぜおいしい?」の「限定」という言葉には、生産できる数量の限界の意味合いはもちろん、これらの新しい動きが、まだまだ「限定」された場での動きに留まっている、という意味合いも含んでいます。「食」の環境を全面的に改革する、というのではなく、選択肢を増やす、という考え方でしか、「食」の問題は前へとは進まないのではないか──そんな思いもこめているつもりです。

 長野県東御市(旧・小県郡東部町)、標高850メートルに広がる個人農園のなかに、個人経営のワイナリーが完成しました。経営者はエッセイストの玉村豊男氏。ワイナリーにはブドウ畑、収穫したブドウを醸造しオリジナルのワインとして生産する醸造所、そのワインやシードル(リンゴ酒)を飲みながら食事のできるカフェがあります。カフェの料理は農園で育った野菜が主体です。ワイン一本の値段はフランスからの輸入ワインに較べればもちろん高い設定になっています。ワイナリーを完成させるために玉村氏が背負う借金は一億円以上。経済原則から考えれば、なんとも「ドンキホーテ」的な試みとしか言えないような「たった一人の反乱」です。果たして勝算はあるのでしょうか?

 玉村氏にインタビューしてわかったのは、「小規模農業」の投げかける問題は、単なる個人の「伊達や酔狂」のレベルには留まらない、ということでした。そこには日本の中山間地(ちゅうさんかんち、と読みます。農水省の定義では、平野の周辺部から山間部に至る、まとまった耕地が少ない地域、ということになります。一言で言えば、「里山」でしょうか)の問題や、世界情勢の問題までもが含まれている、ということでした。

 最後に玉村さんのインタビューのなかから一部を引用します。

「効率のいい大規模農業も、日本が先進国である以上、生活水準が高いからどうしたって中国などアジア諸国よりも人件費がかかってしまう。価格の上では勝負にならない。日本の大規模農業ですら、今までのやり方では絶対に太刀打ちできない状況になってきた。
 でもね、今いちばん消費者が心配しているのは、この食べ物はどこで誰がどんな風に作っているのか、ということでしょう? 大規模化して見えにくくなっていることで安全面での不安が膨らんできたわけです。自分の口に入るものだし、どんな人が作っているのかが見えたほうが安心だし、おいしそうでしょう?

(中略)
 里山が荒れると山火事も起こりやすくなる。昔はきちんと間伐して、それで炭を焼いていましたから。椎茸の原木にもなるしね。川で魚を釣って炭で焼いて食べて……と生活のすべてが賄えるものが里山の周辺にあったわけです。山を利用することが山を手入れすることでもあった。廃村がなんで山がちのところにあるのかは、つまり本当はそこがいちばん豊かだったからなんですよ。『なんでこんな不便なところに住んでいたんだろう』と考えるのはちょっと想像力が足りない話なんです。中山間地は経済的価値が少ないから駄目だという考え方では、これからの日本の農業は行き詰まるんじゃないかと思いますね」

 玉村氏のワイナリー「ヴィラデスト・ワイナリー」は4月16日にオープンします。