石井桃子さんといえば、「クマのプーさん」「ピーターラビット」「ちいさいおうち」など児童文学の名作の翻訳者として知られる存在です。また世代によっては、戦後まもなくの大ベストセラー「ノンちゃん雲に乗る」の作者としても記憶されている方も少なくないでしょう。石井桃子さんは現在97歳。今もなお現役で翻訳の仕事を続け、執筆活動が続いています。

 石井桃子さんが最初に「子どもの本」に目を開かれたのは、菊池寛が采配をふるう文藝春秋社で働くようになって数年が経った頃のことでした。1933年、昭和8年のクリスマス・イブ。東京信濃町の犬養健邸で、犬養道子さん(のちに作家)と犬養康彦さん(のちに共同通信社社長)と一緒に読んだ「The House at Pooh Corner」(『プー横丁にたった家』)。この一冊の洋書が、その後の石井さんの運命を変えたのです。

 1998年、国際児童図書評議会の大会で美智子皇后が触れた少国民文庫の『日本名作選』と『世界名作選』は、あの信濃町のクリスマスイブの出会いの二年後に、石井桃子さんが編集同人として参加しスタートしたシリーズでもありました。

 会社員としての男女格差がなくなったとはまだとても言えないものの、仕事の実績としては、現在は女性編集者全盛の時代と言っていいかもしれません。しかし、石井さんが編集者として働いていた当時は女性として働くことがまだ一般化するにはほど遠かった時代です。そのなかで自らが信ずる仕事を丹念に積み上げ、日本における子どもの本の大きな土台と築き上げたことの意味ははかり知れません。

石井桃子さんの仕事をふりかえりながら、「子どもの本」が私たちに届けてくれるものとは何かを考えます。