日本には四季があり、食材には旬がある、とよく言われます。ところが、食糧自給率が40%にとどかぬ現代日本、一年中なんでも手に入る環境で本来の旬の食べものは何なのかが、どんどん曖昧になってきました。
 平松洋子さんは食のジャーナリストとして世界各国を旅し、風土と人々の生活に根ざした食材と料理の知恵をつぶさに取材して、私たちの食文化が大事なものを失いつつあることに危惧をおぼえたにちがいありません。「日本料理のことを、ぜひこの方に聞きたい」と西塚茂光さんの名前を挙げたのです。

 西塚さんは5年前に茶懐石を供する[馳走

啄]を銀座の外れに構えました。いわゆる有名店で修業しのれん分けするエリートコースはたどらなかった、けれど今もっとも注目される料理人です。それはなぜか。おそらく、享楽的だったり技を競ったりという食の世界とは対極にある氏の考え方が、わずか16席しかない簡素な店を豊かな場所にしていることが、一度でも訪れた人には伝わるからでしょう。贅を尽くすのではなく、手を尽くしてもてなす茶事の心「馳走」、それは旬のものを吟味し、素材を生かして料理することにつながります。

 この1年、さまざまな食材を実際に料理していただきながら、お話をうかがってきました。「季節にはそれぞれ味があるのです。どこまでが季節を感じる味で、どこからが手を加えすぎた味なのか。素材に教わりながらちょうどいいところに着地する。それが『料理をする』という仕事だと思っています」

 春に採れる蛤や山菜のえぐみは、眠っていたからだを目覚めさせ毒を出す。夏の暑さに負けそうなからだには、野趣に富む蛸やトマト。食欲が増す秋には、こっくり実の入った里芋や脂の芳しい鯖や秋刀魚を。冬には霜にあたるほど甘みを増す白菜や濃厚な牡蠣がからだを暖める。
 そうだった、春夏秋冬に私たちのからだが欲するものは、その季節に出合う食材がぴたり、当てはまる。すぐれた技もさることながら、むしろ技に走る気持ちをいましめるような敬虔な料理人の言葉に打たれ、滋味あふれる一箸にまたうっとり。

 お店では多彩な献立が供されますが、『考える人』誌上ではふだん私たちが食卓でおなじみの食材を季節ごとにふたつ取り上げ、素材を生かす料理を5つずつ試みていただきました。

 連載1回目、夏の素材は「鰻と茗荷」。端正でふくらみのある「鰻豆腐 清し汁仕立」、梅酢の紅鮮やかな「茗荷寿司」に平松さんはうなります。
 今回、秋の素材は「里芋と鯖」。里芋のぬめりを閉じこめた「がめ煮」や「枝豆和え」、絶妙な塩かげんの鯖の「生ずし」の裏側には、それぞれ素材のもつ味わいを最大に引き出す知恵が――その詳細が、本編で明かされています。

啄」は仏書にある言葉で、「
」は鳥のひなが卵の殻から出ようとして鳴く声、「啄」は母鳥がそれを助けようと殻をつつき割る音の意。もてなす心と、その思いを受け止め味わっていただく幸福な関係が築けるような店にしたい、という願いをこめて名づけたそうです。「
啄」のもうひとつの意味は、「またとない好機」。季節と味の豊かな出会いを刻んでゆく連載に、どうぞご期待ください。

[馳走

啄]
東京都中央区銀座6-7-7 2F 電話03(3289)8010  
営業 月~土曜11時30分~13時30分、18時~22時(20時までにご入店ください。土曜は夜のみ) ● 日曜、祝日 ● 点心、ぜんざい付2000円/点心に造り、デザート付3675円/昼懐石5250円、7350円(できればご予約を) ● おまかせ料理 8400円、10500円、12600円(要予約)