仏文学者渡辺一夫は絵心とデザインセンスのある人でした。自著や友人の著作の装丁をいくつも手がけ、木工細工や大工仕事も玄人はだし。以前にもメルマガでご紹介しましたが、辻邦生『のちの思いに』には、その姿が生き生きと描かれています。

「先生が故六隅許六のペン・ネームを使って、以前から独特のスタイルの本の装丁をされていたことは、よく知られていた。おそらくその延長だったのであろう、先生は駒込の新らしいお宅の日の当たるテラスで、彫刻刀を器用に動かしながら、木工細工に熱中されていた。ブック・エンドのような簡単な細工物に始まり、もっと複雑な両開き扉が二重についた厨子型の『作品』まで、だんだんに手の込んだ木工品が増えていった。この厨子は、おそるおそる二度扉を開けると、中ににっこり笑った奥様の肖像写真が入っているという念入りな傑作だった」

 さて、今回の特集では、その渡辺一夫が図面を引き、知り合いの大工につくらせたというちょっと面白い机をご紹介します。合理性と質実が同居するグランドピアノのような形。机に向かう人の身体をやわらかく包み込む独特のカーブから、ユマニスト渡辺一夫の好みや気配、息遣いまでが伝わってきます。
 現在の持ち主は編集者の大野陽子さん。縁あって、昭和の初めに建てられた中村光夫の旧邸にお住まいです。この家で暮らし始めてから、渡辺一夫の机のほか、フランスの掛け時計やドイツ製真空管ラジオなど、古いものが引き寄せられるように集まってくるのだそうです。

 古いものには故障がつきもの。渡辺一夫の机も、大野さんのもとにやってきたときは、ガタついて具合が悪く、そのまま使うのはむずかしい状態でした。電話帳の「家具修理・再生」のページを開き、片っ端から電話すると、現れたのは若いサラリーマン風の男性。てきぱきと分解し、直しにかかってはくれたものの、「色が剥げているところも塗り直しましょうか」と言われたときに、大野さんははっとします。――この顛末をふくめた「直して使う」暮らしの様子を、「古い家に集まってくるものたち」として寄稿していただきました。どうぞご一読ください。