日本人がエジプト観光というと、ツタンカーメン、ピラミッドというような古代エジプト時代を連想します。しかし、それは現代から数えてプトレマイオス朝が滅んだ紀元前50年頃まで。エジプトの首都カイロの街を歩いていても、古代エジプトを感じさせるものを見かけることはほとんどありません。最近まで中央駅前の広場に建っていたラムセスII世の巨像が唯一ともいえるものでした(他に「ファラオ」というブランドのスニーカーを新市街のタラアト・ハラブ広場のショーウィンドで見かけたのが意外な発見でしたが……)。現在はムスリムが主流を占める国ですから、古代エジプト的な像や絵は忌むべき偶像崇拝として捉えられているのも、あまり見かけない理由になっているのでしょうか。

 古代エジプトを象徴するピラミッド群があるギザまでは車で30分ほど、ピラミッドは砂漠の中にありますが、そのすぐ手前まで住宅地が押し寄せています。そして、ここは観光客で溢れかえる町、とても悠久の時に心を馳せる場所ではありません。遺跡に足を止め、佇んでいようものなら、「駱駝に乗れ」「土産物を買え」という誘いが押し寄せ、歴史のロマンはどこかへ消えてしまいます。むしろ、そこからナイル川沿岸に戻り、少し下流に向ったオールド・カイロ、つまり、エジプト固有のキリスト教であるコプト教の教会が立ち並ぶ旧市街に古代エジプトの雰囲気が残っているとも言われています。また、イスラーム地区に建つモスクに使われている石をよく見ると、古代エジプトの王の称号を表すカルトゥーシュが刻まれているのを見かけることもあります。一説によると、カイロに建つモスクの大半は、表面がツルツルだったピラミッドの石を剥がして、それを使って出来上がっているらしい。

 それにしても、なんという歴史の古さなのでしょう。古代エジプト、ローマ時代、イスラーム帝国時代、近代のモハメッド・アリ朝、そしてナセルから今のムバラクの時代まで、子供が玩具をひろげたまま後片付けせずにいるような印象を受けるのは、この都市の支配者たちが戦乱や社会変動のたびに町の中心を移動させてきたことにも理由があるのでしょうか。そして、そんな歴史の古い町カイロは、今1000万人が居住する中東一の大都会。空港の近くにはナセル・シティーという新興住宅地が広がり、中流階級のエジプト人が車に乗ってスーパーマーケットに買い物に行く、日本でも見かけるようなサバービアな日常があります。今回、取材を受けて頂いた中澤優子さんには、結婚から出産、そして初めての断食体験までを窺いました。