「邪視」をご存知ですか? 日本人にはあまり聞き慣れない言葉ですが、中近東や地中海ではかなり広く流布していて、「邪悪で嫉妬に満ちた眼に睨まれると災難に陥る」という民間信仰で、他人から羨望の目で見られるものが一番危険に晒されていると考えられています。また、妙齢の女性がヴェールで身や顔を隠すのも強い眼差しに晒されて危険だと考えられているからかもしれません。確かに人にじっと見られるとプレッシャーを感じることがありますし、逆に睨みつけることは相手にとって相当の威圧感があります。そういえば、「眼(ガン)つけんなよな」という台詞は、日本の不良高校生にとって常套句です。

 この写真は、エジプトのカイロ市内を走っていたバスの胴体、携帯電話の広告の上に貼られたステッカー、悪霊や邪視から身を守るための護符です。「眼(ガン)をつけられたらつけ返せ」ということなのか、開かれた手の中央には、じろりと睨むような大きな目が描かれています。女性の手を象っているのは、預言者ムハンマドと最初の妻ハディージャとの間に生まれ、理想的な女性として信者から敬愛されている四女ファーティマに因んでいるためで、「ファーティマの手」と呼ばれています。五本の指から「五(ハムサ)」と呼ばれることもありますが、これは五という数字に「信仰告白」「礼拝」「断食」「喜捨」「巡礼」というムスリムの五つの義務が重ね合わされているからです。同じような護符として、トルコでは青いガラスの中央に白い目玉のような柄が付いたナザールポンジュ(お守り)が売られています。

 因みに、中東では赤ちゃんが産まれたというような目出度い話は、親しい身内以外の前では口にしないほうが無難だと考えられています。羨ましがられるようなか弱い可愛い存在は、はげしい嫉妬の的になりやすいからです。同じ理由で、あどけない赤ん坊を見ても「可愛い!」とか「お母さんにそっくりで美人ね!」というように、あからさまに誉めてはいけません。そうされることで、どんな邪悪な嫉妬心が彼(彼女)に視線を向けてくるかわからないからです……。