日本でも城下町など歴史のある街には、作り続けて百年余というような美味しい老舗の和菓子屋があるものです。その町の人に愛され、お土産に持っていけるような菓子があるということは、その町が誇る文化や伝統といえるでしょう。イスラーム教の国々でも、聖者の霊廟がありシーア派の重要な聖地になっているイランの都市、コム名物のソーハーン、かつてオスマン朝の都だったブルサのマロン・グラッセなど、思い当たるだけでも、数多くの名物菓子があります。

 そもそもイスラーム文化圏は甘党天国。コーランで飲酒が禁じられていることにも理由があると思いますが、髭面のオジサンたちが、甘いお菓子とお茶で四方山話を楽しんでいる姿を、街を歩いているとよく見かけます。私のような辛党も、最初は歯がしみるほど甘く味付けされているなと感じていても、だんだん慣れてきて病み付きになってしまうこともあります。

 イスラーム世界は長い間、お菓子の先進国でもありました。砂糖の原料となるサトウキビはインド原産ですが、それを手に入れて大量に栽培し始めたのはムスリム。十世紀に急速に広がった砂糖は世界中を席巻し、それを運んだアラブ商人は莫大な富を手に入れました。サトウキビの大農場があったエジプトは世界最大の生産量を誇り、西欧にも大量に輸出されるだけでなく、同時に菓子の製法も伝えられました。その流れが変わったのは、十六世紀以降、スペイン人やポルトガル人が植民地のキューバやブラジルで栽培し始めてからです。

 今回の取材はシリアのアレッポからレバノンのベイルートまでタクシーを借り切って移動しましたが、シリア・ナンバーでレバノン国内をうろうろするのを嫌がるタクシーの運転手に無理にお願いして、途中、レバノン北部の町・トリポリに立ち寄ってもらいました。というのも、以前その旧市街に来て食べた「ハルワート・エル・ジブン」という菓子の味が忘れられなかったからです。

 セモリナ粉(パスタの主成分)とチーズクリームを練った生地というから、まったく親しみのない材料でないのに、モチモチした食感はそれまで体験したことがないものでした。上に乗っかったピスタチオの粉、シロップとクリームがほどよく生地と混ざり合って、味は意外とすっきりしています。日本で作って売ったら必ず人気になると思いますが、誰か挑戦してみませんか?