イスラーム教徒にとってコーラン(クルアーン)が大事な書物であることは、一般的な日本人にもよく知られていることだと思います。しかし、今回の取材では、ムスリムにとってコーランに次ぐ第二の聖典と考えられているハディースの重要性に気づきました。

 たとえば、シリア・アレッポ大学の職員をしているバナーナさんは敬虔なムスリム。子供たちがモスクに行った後、その日聞いた話を復習させるようにしている理由として、
「七歳になったら子供に礼拝をさせなさいというハディースがあります」
 と説明していました。また、長い間、病気を患っていた母親を兄弟で看病をしていたことについては、
「ハディースには、天国は母親の足の下にあるという言葉があります。母親の面倒を見ることは、子供にとって最もすすんで行うべき義務のひとつ」
 と語ります。アレッポの貿易商、アミーリーさんも猫を大事にしなければならない理由として、ムハンマドの弟子、アブー・フライラが着ていたジョッバというたっぷりとしたコートの袖の中に猫を飼っていたことを挙げています。

 ハディースとは、預言者ムハンマドの言行録。コーランは神の言葉ですが、ハディースはムハンマド自身が残した言葉、それを見たり聞いたりしていた周囲の弟子たち(教友)の言葉を集めたもの。ムスリムの日常生活では、コーランよりもハディースのほうが、よいこと、よくないこと、やるべきこと、やってはいけないことに対する判断の源泉になっていることが多いのです。

 たとえば、生物に対する思いやりについては、

 アブドッラーによると、
 アッラーの御使い(ムハンマドのこと)は言われた。「ある女は一匹の猫ゆえに責め苦に会います。彼女は猫を閉じ込め餓死させてしまいました。そうして彼女は業火に入りました。彼女は、食べ物も飲み物も与えずに猫を閉じ込めて、地を這う虫ですら自由に食べさせなかったのです。」(アル=ブハーリーとムスリムによる伝承。引用はムスリムの伝える表現による)

『200のハディース(付・預言者伝)』
アブドゥル・ラヒーム・アルファヒーム編著
大木博文訳注
発行:宗教法人 日本ムスリム協会

 このような文章を日々ムスリムは暗誦し、人生の指針、生き方の参考としています。その点で、道徳教育と宗教が今なお合体したままなのが、イスラーム教の特徴と言えます。上に引用した『200のハディース(付・預言者伝)』以外にも、中公文庫からは、日本におけるイスラーム学の重鎮・牧野信也氏の翻訳によるブハーリー編纂の『ハディース』全6巻が発刊されています。読んでみると、預言者ムハンマドの意外な素顔がわかるかもしれません。