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 表紙について
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 創刊号を手に取ってくださいましたでしょうか? おかげさまで出足はたいへ
ん好調で、発売日から編集部宛に励ましのお電話をいただいたり、予想以上の反
響に編集部一同喜んでいます。と申しますのも、あまり大きな声では言えないの
ですが、「考える人」は宣伝予算があまりないのです。新聞広告も発売後の6日
と7日に小さなものを掲載しただけなので、未知の読者にどれくらい伝わるのか
を心配していました。新潮社の雑誌やホームページに掲載された予告をご覧にな
っていなければ、ほとんどの読者の方は書店ではじめて「考える人」を見かけて、
「何だろうこの雑誌?」と手に取られたことでしょう。

 かりに大々的に新聞広告を掲載することができたとしても、書店で読者の目に最初にとびこんでくるのが表紙です。表紙については、編集部はもちろん、営業部、宣伝部、広告部などと議論する大きなテーマになります。目に見えるものは意見が言いやすいですしね。というわけで、今回は表紙についてお知らせします。

 表紙は、ジャン=ジャック・サンペ氏の絵を使っています。氏はフランス人ならば知らない者はないというフランスを代表するイラストレーターで、いわば「フランスの和田誠」とでもいうべき存在です。この絵に出会ったのは、今を遡る約十年前のことでした。今はもう営業をやめてしまった銀座の洋書店イエナ書店で、この絵が入っている画集「on Holiday」をたまたま入手したのです。

 タイトルにあるように、画集のテーマは「休暇」。夏休みはたっぷり一ヶ月以上は取るというフランス人の、避暑地でのワンシーンを描く絵が大半です。海辺や広大な野原を背景に、そこにはかならず人間が描かれています。時間と仕事に追われる都市生活を離れて、自然豊かな田舎の空気に触れた人々が、自分のなかに澱のように溜まったストレスを洗い流して、ほつれた糸をほどくようにリラックスしてゆく光景が描かれています。

 フランス人に「人生最大の目的は何か?」と質問すれば「ヴァカンス!」と答える……というのは本当かどうかわかりませんが、よく語られる話です。サンペの画集を見ていると、そんな話の信憑性が確かめられるような気もしてきます。画集をぱらぱらめくっているうちに、仕事も休暇もいっせいに「右へ習え」、人の溢れる都会から人の溢れる観光地へなだれ込む私たち日本人の「休みベタ」についても考えさせられます。

 日本の雑誌の表紙で私が個人的にいちばん素晴らしいと思っているのは、古くは昭和三十年代の「暮しの手帖」、最近のものでは和田誠さんによる「週刊文春」です。私は昭和三十三年生まれなので、当時の「暮しの手帖」を現在進行形では読んでいませんでしたが、数年前、装幀家の平野甲賀さんの奥様の平野公子さんから毎週のように古い「暮しの手帖」をお借りすることができて、記事の内容の素晴らしさはもちろん、表紙から本文デザインにいたるまで、神経の行き届いた垢抜けたデザインセンスに打ちのめされる思いでした。

 無駄がないこと、おしつけがましくないこと、洗練されていること。創刊号でも取り上げたデンマークの椅子も、そういえばそのピークは「暮しの手帖」と同じように昭和三十年代にあると言えるような気がします。昭和三十年代とはすなわちミッドセンチュリーですが、洗練という意味においては、映画も音楽も文学も、はるかに今を凌いでいた時代なのかもしれません。時代が進むにつれて、無駄がなくなり、洗練されていく……とはかぎらないことを「暮しの手帖」は伝えてくれます。

「考える人」は、「いまどき」の雑誌ではありません。無駄のない、おしつけがましくない、洗練されたものを目指しています。ですが、表紙は最後まで迷った難しいテーマでした。社内でもはっきりと議論がわかれました。サンペの表紙の否定意見には、「エッジがない」「銀行のソファーの脇に置いてある毒にも薬にもならない雑誌みたい」「いまどき絵が表紙なんてダサい」などなど、かなり厳しい意見がありました。私もずいぶん迷い、表紙案は四つも五つも作ったのですが、迷った末、「確信が持てないのなら、原点に戻って最初のプランにしよう」とサンペの絵に決定しました。

 手に取られた皆さんはどのように思われましたか? これから毎号サンペの絵が表紙を飾り続けるかどうかはまだ決めていません。皆さんの御意見・御感想がうかがえれば幸いです。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)