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 読者層というもの
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 社内、社外を問わず季刊誌「考える人」を説明するとき、よく質問されたのが、
「読者層は?」ということでした。そして私はいつも、この「読者層」という言
葉がよくわからないのです。もちろん、二十代の女性を読者に想定した雑誌があ
り、あるいは中高年を対象にした雑誌がある、ということは事実です。しかし、
なんでもかんでも読者層で区切らなければならないのでしょうか?

「考える人」の定期購読の申し込みをいただいた方々の年齢別のグラフを見てみると、やはり、と思わずにはいられない結果が出ていました。つまり、「考える人」には読者層というものはほとんどない、といっていい結果だったのです。十代の若者から、上は九十代の高齢の方まで(最高齢の方は百歳の方でした)、まんべんなく読者の世代は広がっていました。

 三年前に、海外文学のシリーズ「新潮クレスト・ブックス」をスタートしました。そのときも、「読者対象はどう考えているのですか?」という質問をしばしば受けました。私は「若い読者にあたらしい海外文学の素晴らしさを知ってもらいたい。そういうシリーズにしたいと思います」と答えました。それはもちろん本心です。しかし、「若い読者向け」のシリーズだと思ったことは一度もありません。この場合の若い読者、とは、「まだ海外文学の素晴らしさにあまり触れたことのない人」の意味であって、年齢の「若さ」を意識したものではありませんでした。やはり、「こういうものを読みたい人がいるはずで、読者対象はそういう人たちだ」というのが本心でした。

「新潮クレスト・ブックス」で話題となった小説にベルンハルト・シュリンクの『朗読者』がありますが、この小説も男女も世代も問わない老若男女の方々が手に取ってくださったために、40万部を超える結果となったのだと思います。そのときの感想も「やっぱりこういう小説を読みたい人がいるのだ」という、分析でもなんでもない、シンプルな納得でした。

 しかし出版の現場では、そういう「説明になっていない」態度はアマチュアリズムであって、プロの送り手の態度ではない、と取られてしまう傾向にあるようです。でも私はそうは思いません。出版という仕事からある種のアマチュアリズムを取り去ってしまったら、そのとき、本や雑誌はどこか怪しげな、よそよそしいものになるのではないか、とすら感じます。本や雑誌も商品であり、販売戦略を立てて売り出すことができるはずなのに、それをやってこなかった出版社の古い体質が、現在の出版不況を招いたひとつの原因である、というような意見を聞くこともあります。しかし本当にそうだろうか、と思います。

 送り手側の事情ばかりを長々と書き連ねてしまいました。 いちばんお伝えしたかったのは、「考える人」が世代も男女も問わず、読者の方々に受け入れられたことが何よりも嬉しかった、ということです。はがきやメールも驚くほどたくさん頂戴しました。達筆な筆で書かれた手紙もあれば、若い女性の弾むような文章のメールもありました。それぞれに個性が光るものばかりでした。そしてそこには共通の「ある種の気配」がありました。それは皆さんが、自分の言葉を持っている、ということでした。どこかで聞いたことのあるような、借り物の言葉ではなく、その方々が自分の頭で考え、選んだ言葉がそこにはしっかりと書かれてありました。

 最後に創刊号の発売後の状況についてお伝えしたいと思います。 新聞社などのインタビューでは、「考える人」の発行部数は約30,000万部と答えていますが、正確には、創刊号の発行部数は27,860部でした。発売日の三日目ぐらいから、全国の中小の書店で品切れ店が出始めたこと、そして定期購読の申し込みが2,800人を超えたこと、などの大きな反響により、6,000部の再版が決まりました。多くの読者の皆さんに御迷惑をおかけしたことをこの場を借りてお詫び申し上げるとともに、予想を上回る支持に感謝申し上げたいと思います。ありがとうございました。そして、発行部数の約一割の方が定期購読を申し込んでくださったことに、予期しなかった緊張も覚えています。読者に対する責任を意識します。

 昨日、養老孟司さんとお会いしたとき、「考える人」の幸先のよいスタートをご報告しました。養老さんは、「こういう時代に『考える人』のような雑誌を買ってくれる読者を、出版社は大事にしないといけない」と笑顔でおっしゃいました。

 気がついたら今年で編集者となってニ十年になりました。これまで密かに信じてやってきたことを、「考える人」の創刊を契機に、みなさんの大きな手で「それでいいんだよ」とポンと背中を叩かれたように感じています。

「考える人」第二号の編集もスタートしています。ご期待いただきたいと思います。 次回は第二号の予告をまじえてお伝えします。


「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)