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 女ってなんだ?
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「どうして男の子って乱暴なの?」とか「どうして男の子はこういうこと言う
の?」と、元「男の子」である私に向かって、小学校二年生である私の娘が突然
質問をしてくることがあります。

 娘にそんな疑問を抱かせるにいたった状況をさらに詳しく聞いていくと、まあ大抵の場合「男の子が悪い」。(あーあ、キミたちはどうしてそんなことをわざわざやらなきゃならないんだ)と言いたくなるような、馬鹿馬鹿しい行状が明らかになっていくのですが、しかしそれは実は他人事ではなくて、(そうなんだよな、男の子ってそういうふうにしか自分の気持ちを表現できないんだよな、やれやれ)と、自分の小学生時代の恥ずかしい言動を目の前につきつけられるような、つまり元「男の子」として思い当たることばかりなのです。

「わざわざやらなくてもいいこと」「思いあまって踏みはずすこと」「そこまでやらなくてもいいこと」。男の子たちが女の子たちの不興をかう言動は、たいていこんな言葉で置き換えられることばかりのような気がします。彼らはつねにどこか過剰であり、不安定なのです。

 かつて免疫学者の多田富雄さんが、「女は存在、男は現象」と喝破したように、男は生物学的に不安定であやしいものなのだ、という成り立ちが、小学生の日常にもあらわれている、というわけです。

 同時多発テロにしてもアフガニスタンでの戦争にしても、世界情勢というバックグラウンドを取り除いてしまうと、不安定であやしい男たちの過剰な行動の応酬、とも見えてきます。しかし今回お伝えしたいのは、そんな男の問題ではなくて、「どうして男は?」と問う女性の側についてです。

 アフガニスタンの問題のなかで私にとっていまだに腑に落ちないのは、女性たちが被るブルカについての考え方です。「先進国」側は、タリバン政権の女性に対する差別と抑圧の象徴として、女性たちの被るブルカをとりあげました。タリバンは、女は人前で顔を見せてはならないという「理不尽な」「前近代的な」理由で女性たちを抑圧している、アフガニスタンの女性を解放しなければならない、と。

 ブルカが抑圧のあらわれであることは否定のしようもありません。しかし、それを一方的に言いつのるだけでは何かが足りないし、しっくりいかない部分が残ります。イデオロギーだけで文化を読み解くと、何かを見失うことが少なくありません。イデオロギーで何かを見、語るとき、それはどこか他人事を語るときの無責任な気配が漂い始めます。

 そんなとき、橋本治氏が「江戸時代の日本の女性だって、アフガニスタンの女性たちの状況と変らなかったじゃないか。それって、ほんのちょっと前のことにすぎないのに」 と言い、ブルカの問題は、とたんに遠い他人事から身近な日本の問題として立ちあらわれてきたように感じました。アフガニスタンの女性の現在もどこかで日本の女性の歴史につながっている……。さらに言えばヨーロッパの歴史にも、アメリカの歴史にも。もう少し詳しく橋本さんに話を聞きたいと思ったのが、二号の特集「女ってなんだ?」のきっかけでした。

 橋本治さんの仕事がいつも刺戟的なのは、橋本さんが「男の論理」や「女の論理」からいつも自由であることです。そして橋本さんのものの見方には、つねに歴史からの補助線が引かれていて、「威勢のいい現在」に惑わされない強靱さがあります。過去から無縁な現在はない、という視線の確かさが橋本さんの論の説得力につながっているように思われます。

 しかしそんな橋本さんはある時期を境に、「女性の問題」を考え、語ることから「降りてしまった」ように私は感じていました。それはなぜなのでしょうか。そして、そもそも「女性の問題」とは、いつ、どのように始まったものなのでしょうか。橋本さんの代々木の仕事場に二度お訪ねして、「身も蓋もなくなっちゃったって知らないよ」と言われながらも、長時間にわたって話をうかがったのが次号「考える人」の特集です。

 編集部からは、二十代の男性編集者、三十代の女性編集者、そして四十代男性編集者の私が参加して、橋本さんにあれこれと質問をぶつけながら話をうかがいました。編集者三人のいちばん知りたがっていたことは、乱暴にまとめてしまうと、二十代男性編集者は「いま現在の若い女性たちが知っておくべきことは何か」であり、三十代女性編集者は「いまを生きる女性たちは本当に幸せなんだろうか?」であり、四十代男性編集者の私は「いまの女性たちは実はどこか生きにくいと感じているのではないか。それじゃあどうすればいいのか?」でした。つまり同じことをそれぞれ違う角度から尋ねていた、というわけです。

 橋本さんの話は、ときに「仮名手本忠臣蔵」へ飛び、ときに東大紛争の安田講堂でおにぎりを結んでいた女性たちへと飛び、そして「女ってなんだ?」という問いが「男ってなんだ?」と背中合わせであることを明らかにしながら、私たち三人を腕組みさせたり、天を仰がせたり、うならせたり、笑わせたりしました。

 今、その特集記事をどうまとめるか、ふたたび天を仰ぎ、うなっている最中です。橋本さんの担当編集者はさきほどの三十代女性編集者なのですが、彼女は今月から産休と育休に入りました。「考える人」編集部は頼りになる彼女を欠いた状態の約一年をこれからどう乗り切ってゆくか、少々途方に暮れながらも、子供を産んで育てるという「大事業」に較べれば何てことはない! と自らを鼓舞している段階です。つまり編集部にとっても、今号の特集は一層他人事ではないテーマなのでした。

 橋本さんの話があまりに面白かったので、ゆくゆくは一冊の本にしてしまおうか、と考えています。次号では、その話の核心部分(と思われるところ)をまとめ、お届けする予定でいます。

 どうぞご期待ください。


「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)