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 小さな規模と大きな熱意
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 私の若い友人に造り酒屋の御曹司がいます。造り酒屋の御曹司と聞けば、「左
うちわ」の人生……などと短絡的に考えてしまいそうですが、彼の話をいろいろ
と聞くと「左うちわ」などとんでもない、「左前」にならないために日々奮闘せ
ざるを得ない状況です。

 彼にとって最大の悩みは、黙っていても売れていた伝統の吟醸酒の売上げがしだいに落ち込んでいることです。もちろん長年愛飲してくれている固定の顧客はいる。しかし、そういった贔屓筋のお客さんが高齢化するにしたがって、徐々にその数が減り、気がつけば一番の看板だったお酒がお荷物になりかねない状況なのだそうです。

 そこへ「救いの手」をさしのべてきたのは誰か? それは、とある広告代理店でした。広告代理店の提案は、「若い人向けの新商品をつくること」「コンビニ向けの新商品をつくること」でした。日本酒というイメージは若い消費者にとっては「重い」。喉ごしの軽い、フルーティーな、白ワインのように飲めるお酒をつくり、商品名もボトルも、若い女性が気軽に手に取れるものを「一緒につくりましょう」というのです。

 彼は実際に他の酒造でつくっている「フルーティーなお酒」を何度となく試飲したそうです。しかし「正直言って、これが自分のつくる酒になるのかと暗澹たる思いがした」。コンビニ向け商品というのは、コンビニの棚がどのように作られていて、日本酒はどの段に並べられて、お客さんの目にはどのように入って、価格はいくらで、と、たちどころに「規格」が用意されるそうです。「今の世の中はこうなってるんです。この流れのなかに置かないと売れません」という説明付きで。

 私は彼の話を聞きながら、前から「なんだろう?」と気になっていたことを質問しました。それは、十年以上前までは、特別なルートで申し込まない限り、まず東京の酒店では入手するのが難しかった某吟醸酒が、数年前から新聞や雑誌に大きな広告を打ち、いまやどこでも入手できるようになったのは何故なのか? ということでした。彼の答えはこうです。「あそこはですね、大量生産できるラインをつくるために資本投下して、大きな工場を作ったんだと思います。だから生産量がけた外れに大きくなった。つまり、大量に作った吟醸酒を大きく広告を打って大量に売らなければならないわけです。もちろん、うちではあんな方法はとれません」。

「考える人」の創刊号から連載がスタートした玉村豊男さんの「農園主としてのわが人生」をお読みになった方はご存じかと思いますが、玉村さんは、個人の資本と個人の力でワイナリーをつくってしまおう、という「途方もない」計画を抱いています。連載では、その孤軍奮闘ぶりが「実況中継」されるわけですが、10月4日発売の秋号に掲載される第二回の原稿では、何をどのように資本投下し、製造コストをどう考えるのか、という「数字」の世界との格闘ぶりを伝えています。自ら「無謀な」と認めている計画が今後どのように展開するのか、造り酒屋の私の友人も固唾を呑んで見守っている状況です。

 先日いただいた原稿からは、湯気が立ち上ってくるような熱気がありました。ワイナリーといっても、大手メーカーのそれに較べればはるかに小さな規模です。しかし、個人が毎日パソコンに向かいながら、ああでもないこうでもない、と計算を繰り返し、理想のワイナリーを作ろうとするその熱意は、おそらくどの大手メーカーの熱意も及ばないものでしょう。五十代半ばを過ぎて、個人にとってはとてつもなく「大きな」事業に取り組もうとする姿にはある感動すら覚えます。

 私たち出版社の仕事にも、どこか小さな造り酒屋に似た気配があります。いや、実はもっと「非効率な」業種かもしれません。単行本の初版部数は四千部から多くても八千部がスタンダードであり、それもすべて「品種」が違います。多品種少量生産の業種です。

 玉村さんの原稿をいただいて、いまさらながら、私たちに必要なものはまず、出版という仕事に対する「熱意」なのだ、という当たり前のことを考えさせられました。「考える人」も、玉村さんのワイナリーに対する熱意に負けないものを抱きながら、編集していきたいと思っています。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)