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 小林秀雄賞選考会の一日
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 今年生誕百年を迎える小林秀雄氏を記念し、新しく創設された小林秀雄賞の選考会が、去る九月二日、東京・全日空ホテルで開かれました。

 選考委員は、加藤典洋氏、河合隼雄氏、関川夏央氏、堀江敏幸氏、養老孟司氏の五氏です。選考会はホテルの小宴会場で行われます。実はこの賞の前身ともいえる「新潮学芸賞」はホテルオークラで開かれていたのですが、今年から会場が新しく変わるとなれば、事務局も緊張します。

 前の週末にスタッフ全員が全日空ホテルの下見をし、選考会場と記者会見場との連絡はどうか、選考委員の方々をどうお迎えするか、洗面所はどこにあるか、選考会後の軽食をとる会場の様子はどうか、受賞作決定後、記者の方々に配るリリースを選考会場とビジネスセンターをどう繋いでプリントアウトするか……等々、当日の進行の流れや状況を想定しながら、確認もれがないかどうかチェックします。

 選考会は午後四時から。選考委員の方々の選考会前後の予定も把握しておきます。加藤典洋氏は二日後にはポルトガルへ旅立たれる予定、河合隼雄氏は直前まで文化庁長官としての公務が入っている、関川夏央氏はいつものようにご自分で地下鉄を乗り継いで会場にいらっしゃる、堀江敏幸氏は一年間パリ在住のところ選考会出席のため三日前に帰国、養老孟司氏もコスタリカから帰国されたばかり……今回は会場が新しくなったことだけではなく、どことなく慌ただしい気配が満ちています。

 司会進行は私の担当です。昨年までの新潮学芸賞でも選考会場のなかにはいたのですが、ひとりのスタッフとして選考会の様子を見聞きしていればいい、という恵まれた立場でした。特に新潮学芸賞は、選考委員の方々の議論の面白さが格別で、毎年密かに心待ちにしていた特別な「行事」だったのです。しかし今年からは司会ということで、「議論を楽しんでいればいい」という気楽な立場ではなくなりました。

 小林秀雄賞の選考委員の方々もそれぞれに独特のユーモアをお持ちの方ばかり。始まって早々から笑い声も立つようなリラックスした雰囲気と、小林秀雄賞という新しい賞の第一回受賞作を選ぶという緊張感が交錯する、実に刺激的な選考会になりました。

 受賞作が決定したのは午後六時すぎ。橋本治氏の『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』と、斎藤美奈子氏の『文章読本さん江』の二作同時受賞となりました。そして受賞作が決ったとなれば、それからはスタッフの最後の緊張の場面へと移ります。というのも、小林秀雄賞は候補作品は非公開となっており、つまり候補作に選ばれている方々には事前に連絡を差し上げていないのです。ということは、賞を受けてくださるかどうかは、連絡を差し上げてみないとわからない、というわけです。それより何より、受賞された方にすぐ連絡がとれるかどうかという大問題もあります。

 連絡担当の係は、当日候補になっていらっしゃる方とどこで連絡がとれるかを、ご本人には事前に連絡をせずに把握しておかなければなりません。それをどうやり繰りするかは担当者の腕次第、マニュアルも秘策もない、その都度の知恵を絞ったやり方になります。

 幸い、橋本さんも斎藤さんもすぐに連絡をとることができました。そして突然の連絡にもかかわらず、交渉の結果、記者会見にかけつけてくださることにもなり、担当の係は受話器に向かって何度も頭を下げています。

 選考委員の方々とはその後も食事をしながらの慰労をかねた歓談に移ります。隣の部屋で同時に選考会があった第一回新潮ドキュメント賞の選考委員の柳田邦男氏、柳美里氏、藤原新也氏、藤原正彦氏、櫻井よしこ氏も合流し、記者会見を終えた受賞者のお二人もその食事に加わって、ホテルの夜はさらに更けてゆきました。

 その選考会のスリリングなやりとりをお伝えできないのは本当に残念ですが、しかし、「考える人」秋号(10月4日発売)には五氏の選評が掲載されます。それぞれ短い選評ながら、選考会での「話し言葉」が実に見事に「書き言葉」へと着地した、素晴らしいものばかりです。選考会のエキスがつまった言葉をぜひみなさんにもお読みいただきたいと思います。

 当日帰宅したのは午前一時過ぎ。司会での緊張もすっかり忘れて、もうさっそく来年の選考会を楽しみにしながら、あっという間に深い眠りについてしまいました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)