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 内田光子のシューベルトと『海辺のカフカ』について
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「考える人」の入稿や校了の時期には帰宅が深夜になります。私は残業が好きではありませんが、どうしても午前零時を回ってしまうことがわかっている日には、自分の車で出勤することにしています。残業は嫌いでも、深夜に車で帰宅するのは実は嫌いではありません。午前零時を回って、市ヶ谷の大日本印刷の夜間受付に原稿やゲラを届けがてら(夜間受付の警備員さんの「お預かりします。ごくろうさまです」の言葉と、受け取り台帳にカシャッと印を押してくれる音がうれしい)、ひとりで車を運転して帰宅するのは密かな愉しみでもあります。

 日中はうんざりするほど混んでいる道も嘘のようにがらんとしていて、面白いほどすいすい走れます。そして何よりうれしいのは運転しながら大音量でCDを聴くことができることです。

 車のなかでどんなCDを聴くのかはその時々の流れのようなもので、ほとんど何の理由もありません。ある時期はジャッキー&ロイの「ダブル・テイク」、あるいはイアン・デューリーの「ドゥー・イット・ユアセルフ」、そしてジョニ・ミッチェルの「逃避行」……と、本当にいろいろです。しかし今年に入ってからは、内田光子のシューベルトのピアノ・ソナタをかけることが俄然増えました。

 三十歳そこそこで病死したシューベルトのピアノ・ソナタは、とくに死の数週間前に書かれたものの中に恐ろしいほどの傑作があります。内田光子のシューベルトの素晴らしさは、夜の闇のなかを音も無く羽ばたいて、こちらの世とあちらの世を行ったり来たりするようなシューベルトの魂を、気を失いそうな微弱音や気を失わせるような強靱なタッチによって呼び込んでしまうところです。何かに憑かれたようでいて透徹でもある演奏。内田光子は子どもの頃からシューベルトが格別に好きだったそうです。少女時代の光子さんとはどんな女の子だったのでしょう。

 ちょうど創刊号の編集作業をしている頃に、村上春樹さんの新作『海辺のカフカ』の原稿を読みました。そのなかに、登場人物が高速道路を車で走りながら大音量でシューベルトのソナタを聴くシーンがあるではありませんか。そしてシューベルトのピアノ・ソナタについて登場人物が語るシーンが続くのですが、この部分はシューベルトのピアノ・ソナタ論としても実に秀逸であると同時に、登場人物の輪郭と奥行きが深まる周到な場面にもなっています。未読の方はぜひ読んでみてください。

 その後で村上さんと話をする機会があり、その際に内田光子のシューベルトについての印象を聞いてみました。村上さんは私とはまた別の感想をお持ちでしたが、それは村上さんがいつかどこかでお書きになるかもしれないので、ここでは触れません。しかし私は村上さんの感想を聞いてから、さらに頻繁に内田光子のCDを聴くようになったような気がしています。

「考える人」創刊二号の編集校了作業中、深夜の帰宅途上で何度もシューベルトを聴きました。そして、音符の合間に秋の虫の音がはっきりと重なるようになった先日、九月二十四日にはすべてを校了し、あとは印刷製本を待つばかりとなりました。

 すでに三号の準備にも入りつつあります。三号は編集者であるうちに一度は実現させたかった企画を予定しているのですが、実現できるかどうかはまだ半々です。めどがついたらまっさきにこのメールマガジンでお知らせする予定でいます。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)