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 大学生について
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 先週の土曜日、知り合いの先生に誘われて、「ゲスト講師」として大学で講義
をしてきました。早稲田大学文学部の教室に入るのは、卒業以来20年ぶりのこと
です。新しいビル棟が建っていたり、昔の「学食」の面影は微塵もない明るいカ
フェテリアができていたり、だいぶ様変わりしていましたが、一歩校舎に入ると、
薄ぐらい廊下や素っ気ない教室の気配はあまり変わっていません。

 私は元来、アガリ性で人前で話すのが大の苦手です。会社の会議も20年もいれば多少は慣れるところもありますが、自分の企画について長めに発言しなければならなかったりすると、たちまち心臓が高鳴り、顔は紅潮し、手に汗をかきます。

 土曜日の午後のせいか、学生の姿はチラホラ、誰も私の姿など気にもとめていないとはわかっていても、文学部の校舎に向かうスロープをゆっくりと上るにつれて、自分でも面白いほど、みるみる血圧が高くなっていくのがわかりました。

 そういえば……と歩いているうちに突然記憶が甦ります。第二外国語だったロシア語の授業で、ロシア人の美貌の女性教師の目の前に座らされて「ブ」と「ヴ」の発音をさせられるテストが、アガリ性の私にとっては地獄の池で逆立ちをさせられるぐらい辛かった、という思い出。虹彩まで見えるほど間近にある先生のブルーの瞳は、この世のものとは思えませんでした。

 血圧が上がっていったのは、もうひとつ理由がありました。「講義している間、学生はちゃんと話を聞いてくれるのだろうか?」ということでした。いまや大学生は、授業中でも携帯電話でメールを打ち、私語もおかまいなし、などという恐ろしい話がよく聞こえてきます。90分もある授業がどんな感じで進むのか予測できず、不安でした。アガるというのは自意識の問題ですから、自分の話がほとんど聞かれていない状況下で話し続けることを想像するだけでも、気持ちが萎えてゆきます。

 結論から言えば、「案ずるよりも産むが易し」。学生の皆さんは講義の間、驚くほど静かに熱心に話を聞いてくれたのです。うーむ、この感じなら会社の会議より遥かに上等かもしれない、と思わずにはいられませんでした。こちらをしっかりと見てくれる学生の目を見ながら、目線が上がらない会議の様子を思い浮かべたりもしました。

 最後には十分間ほど質問の時間を設けたのですが、これにも続々と手が挙がり、質問は具体的でときには意表をつくものもあり、こちらも必死で考えなければならない「答え甲斐」のあるものばかりでした。質問にその場で答えるというやりとりは実に面白いものです。最初はあれだけアガっていたのに、気がつけば時間切れになったことが残念なほどでした。

 テーマは「編集者としての20年」にしました。自分が大学時代どんな学生生活を送っていたか、新潮社の就職試験や面接での体験話を導入部に、就職後どのように編集の仕事をスタートしたのか、どんな雑誌をつくりどんな本を編集したか、といった事柄をひとつひとつ記憶を確かめながら、一年一年をたどるように話しました。

 自分の考えを人に話せば、ぼんやりしていた部分がはっきりと見えてきたり、問題点が明らかになってくる、とはよく言われることですが、この日もまさにそうでした。編集者の仕事とはどういうものか、何が大切なのかをあらためて見直すことにもなる、大変ありがたい機会でした。

 2コマ同じテーマで話をしましたが、終わったときには体力的にもへとへとでした。今回限りの話と思い(自分で言うのもなんですが)全身全霊で話をしたせいでしょう。講義内容を決めてテキストを使いながら一年間にわたって徐々に進めてゆくものとはまったく違うやり方です。日常的な仕事として、こんなテンションで講義をし続けることはもちろん不可能でしょう。

 講義後、先生に誘われて、三浦哲郎さんの小説『忍ぶ川』でも知られる大学近くのおでん屋さんに行きました。そして冷たい雨の降るなかを閉店になるまで、居酒屋の学生同士の議論のように、あるいは美味しいおでんのようにちょっぴり熱く、いろんなことを語りあいました。

 早稲田大学文学部の皆さん、どうもありがとうございました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)