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 エッセイスト伊丹十三氏の思い出
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 本ばかり読んでいた中学生の頃、エッセイというジャンルの面白さに目覚めました。なかでも繰り返し読んだのは、團伊玖磨氏の『パイプのけむり』シリーズと伊丹十三氏の『ヨーロッパ退屈日記』『女たちよ!』『再び女たちよ!』でした。

 どちらにも共通しているのは、そこに大人の世界がある、ということです。教科書や学校で教わることの決してない、しかしなるほどそういうことがあるのかと、大人の世界を垣間見るような面白い話が洒脱な文章で書かれてある。海外で仕事をし、それが特別なことではなく、エッセイストが本業というわけでもない、というスタイルが薄汚れた学生服を着ていた私とは別世界の大人、という強い印象を受けました。本の装幀が洒落ていたのもお二人の人生のスタイルに由来するような、独特の雰囲気を伝えています。

 編集者になってから、お二人にお会いする機会がありました。葉山にある團伊玖磨さんの御自宅には世界中のさまざまな土産がところせましとならべてあり、広い窓からは一面の海が見おろせます。ちょっと薄暗い書斎に隣接する一画にはダルマインコが飼われていました。案内されて屋上に上がると、團さんの姿を認めた野生のトンビが上空を旋回し始め、用意した餌を團さんが慣れた手つきでパッと空中に放り投げると、トンビはするすると急降下し見事に餌をキャッチします。

 伊丹さんとは、何度か一緒に食事をさせていただく機会がありました。今はもうない飯倉の「狸穴蕎麦」です。ある仕事のお願いをしていたのですが、それは実現できないままに終わり、その翌年、映画「お葬式」で伊丹さんは映画監督としてデビューします。仕事が実現しなかったのは「今は映画のことで頭がいっぱいだから」という理由でした。

 伊丹さんのエッセイは、どうも私の世代がいちばん若い最後の読者で、三十代、二十代と若くなるにつれて、「伊丹十三は映画監督」という認識なのだと最近気づいたのです。あんなに面白いエッセイが読まれないなんて……という思いから、次号2003年1月4日発売の「考える人」は、「エッセイスト伊丹十三がのこしたもの」と題した特集を予定しています。

 皆さんは伊丹さんのエッセイを読まれたことがおありですか?

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)