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 1975年の詰め込み教育
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 昭和50年(1975年)2月15日。朝日新聞朝刊の「天声人語」はこう書き出しています。「『いまの教育内容は質も高すぎるし、量も多すぎる』という教師たちの不満は強い」。今から28年前には、最近しばしば語られる「学力低下」問題とはまったく正反対の「詰め込み教育」が問題視され、議論されていたのです。

「天声人語」はそのなかで、こうも書いています。「指導要領や教科書を作る数学の先生は『数学的な考え方がますます必要とされる時代だ』と考える。国語の先生は『せめてこの程度の読み書きの力をつけさせたい』と思う。英語の先生は『語学力を身につけて、国際化に対応できる人間になってほしい』と期待する。こうした期待を足し算して、教科書を作れば、分厚い本になるばかりだ」

 当時の学校の先生がこのように考えていたのであれば、それは今の先生が抱く思いと寸分も違わないはずです。同じことを願いながら、28年の歳月が流れるうちに、どうして正反対のことを問題にしなければならなくなったのでしょうか? 昔は「詰め込み教育」を憂い、今は「学力低下」に悩む、という事態は、なにやらメビウスの環の上を歩いているような、狐につままれたような状態です。

 昭和50年といえば、私は高校生でした。高校の教科書はもちろん、中学時代の教科書もたしかに「分厚い」ものでした。しかし、その分厚い教科書の全ページを隅から隅まで教えてもらったわけではなく、項目によってはどんどんページをとばし、先へとスキップしていました。子供心にも、「教科書なのに飛ばしてもいいのかな」と少々いぶかしく思いながら、もちろん救われる思いもしていました。しかしそのスキップが個々の教師の判断だったのか、当時の指導要領に書かれていたことなのか、今となってはわかりません。

 指導要領の必要性は理解できます。しかし、月の満ち欠けを小学生に教える際に、月のかたちを2種類だけ教える(たとえば満月と半月だけ)という指導要領のもとで、現場の先生がどの程度その「2種類だけ」に従わざるを得ないのか、私には大きな謎です。満月と半月の変化をうまく説明するには、月の満ち欠けの過程として三日月や新月も同時に教えたほうがわかりやすいはずですし、教えやすいはず。指導要領に「2種類」と書かれてあると、本当に2種類しか教えられないのでしょうか? 

 もし、指導要領にそれほどの拘束力があるのだとしたら、教師が子どもたちに勉強を教えるということは、ある種のマニュアルによる教育になってしまいます。そこには教師ひとりひとりの工夫の余地がないということにもなりかねません。だとしたら、「詰め込み教育」と「ゆとり教育」を論じる以前の大きな問題がそこには横たわっているのではないでしょうか。

 先日の新聞で、中教審部会の「指導要領の記述を見直し、『すべての児童生徒に指導すべき内容を示したもので、実態に応じて示されていない内容を加えて指導することも可能』との基準性(性格)を明確にする。学習内容について『~は扱わないものとする』などと指示する『歯止め規定』をなくす」という中間報告を読み、指導要領が現在それほどの拘束力を持っているのかと驚いたのです。

 先日、ユニクロ(株式会社ファーストリテイリング)の柳井正会長からこんなお話をうかがいました。フリースが大ブームになる前の、ユニクロの店での出来事。携帯電話が今のようには普及していなかった頃の話です。当時、お客さまの私用のためには店の電話はお貸ししない、という「マニュアル」があったそうです。そしてある店に「子どもが具合が悪いので電話を貸してほしい」というお客さまが現れて、応対した店員が「電話はお貸しできないことになっているので」と断ってしまったのです。想像もしていなかったこのような事態に直面し、柳井さんは「マニュアル」の恐ろしさを痛感したそうです。

 もちろん、この場合は店員が自分の頭で考え、判断して、電話はお貸しするべきだった。店員は「マニュアル」を遵守するあまり、思考力も判断力も停止していたわけです。「マニュアル」は店員教育のためには必要なものだが、同時に自分の頭で考え、判断する力を奪ってしまうことがある、と思い知らされて、柳井さんはチェーン店のあり方を大きく考え直すことになったと言います。

 教科書も指導要領も、これがなければ国単位での教育は成立しないでしょう。しかし「それだけ」を改革すれば事足れりと考えてしまうと、あっという間に教育の現場はマニュアルの墓場と化してしまうのではないでしょうか。

 アメリカの州によっては、キリスト教の世界観を破壊するものとして進化論を否定している州があり、その州では生物学の授業で進化論は扱わないそうです。日本でも、終戦直後に教科書の部分部分に生徒たちが墨を塗らされた時代があります。世の中に存在するようにみえる「正しい価値観」が、意外に脆い足場の上に建っているという事情はどの国でも変わらないと言えるでしょう。昨日まで「教えるべきこと」が一日にして「教えてはいけないこと」に変わってしまうこともあるのです。

 子どもたちはよく見ています。大人が想像する以上に何かを見て、感じています。進化論を否定する教育のもとでは、誰一人として進化論を信じなくなる、と考えることにはもちろん妥当性はあると思います。戦前の日本の教育が「戦意高揚」に果たした役割も大きかったでしょう。しかし、「本当にそうか」と疑問に思うことのできる、子どもたちのまっとうな感覚や知力が存在し得ることも忘れるべきではないと思います。教育論議にときどき違和感を覚えることがあるのは、子どもの教育に「正解」があるという強い思い込みを感じる時です。正解があると思い込んだ瞬間に、教育はマニュアル化する危険を孕みます。

 昔、「親はなくても子は育つ」という言葉がありました。それを受けて吉本隆明氏は「親はあっても子は育つ」と言いました。親も先生も究極のところでは子どもを育てることなんてできないのだ、という考え方です。この言葉は、教育を一面的に考えることの落とし穴を一言で見事に言い当てたものだと思います。そして、子どもは親の背中をきちんと見て育っているという真理も、この言葉には含まれているのではないでしょうか。子どもたちは先生の背中も見ているはずです。

「詰め込み教育」が論議されていた同じ昭和50年、横浜市の子どもを対象に、ある研究所が「子供の遊びの環境調査」を行っていました。その調査によれば、男子の遊びのベスト10は、1位ラジオ・テレビ、2位野球、3位ボール遊び、4位自転車、5位昆虫採集、6位かんけり、7位ドッジボール、8位サッカー、9位魚釣り・ザリガニとり、10位おにごっこ、となっていました。1位のラジオ・テレビは別にして、この頃はまだ屋外での遊びが圧倒的主流だったことがわかります。「詰め込み教育」が問題視されている時代なのに、子どもたちは「なあんだ、けっこう遊んでいたんじゃないか」と私は思いました。

 子どもを「壊れもの」扱いするのか、「案外逞しい」と思うのか、どちらに片寄り過ぎても見落とすことがある。そんな風に私は思うのです。

(注)「天声人語」は『深代惇郎の天声人語』(朝日新聞社)より、「子供の遊びの環境調査」は『昭和史全記録 1926~1989』(毎日新聞社)より、それぞれ引用させていただきました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)