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 会社員の夏休み
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 皆さんはもう夏休みをとられましたでしょうか? 私は先週末までの三週間、長期休暇をとっていました。勤続二十年の社員に付与されるリフレッシュ休暇を取得すべき昨年、「考える人」創刊前後のどたばたで、そのタイミングを逸していました。しかし、この夏に一息つけそうだったので、一年遅れの長い夏休みとして消化することにしたのです。

 ちなみに新潮社のリフレッシュ休暇は20日間。連続で取得できれば4週間の休みを取ることができます。「リフレッシュ休暇」とはそもそも何か、ということについては厚生労働省のホームページに詳しい説明があります。興味のある方はぜひご覧になってください。http://www.mhlw.go.jp/general/seido/roudou/refresh/#d1

 このホームページによると、導入している企業は平成13年度で28.2%。そのうちの約4割の企業が10万円から20万円の援助を実施しており、日数は8日以上14日以内が48.7%で、年々長期化の傾向を見せているようです。また、厚生労働省の定義によれば、リフレッシュ休暇とは「職業生涯の節目節目に勤労者の心身のリフレッシュを図ることを目的とした休暇」であり、「週休、夏季休暇(中略)以外の休暇であること」となっていました。

 うーむ。リフレッシュ休暇の日数としては新潮社はかなり恵まれているのかもしれぬ、と思ったり、そうか、長い夏休みという私のプランは趣旨からは外れるのか、と気づいたり、新潮社の場合は休暇に対する援助資金は0円だったな、と知らなかった事実にも目が留まりました。しかし厚生労働省のホームページ上にある「職業生涯」という言葉は私には初耳で、なんだかコワい四文字言葉だなあと、変なところが気になったりもしました。

 私の先輩編集者のなかには、リフレッシュ休暇なんかとってられるかとばかり、20日間の休みを一日も取得しない「剛の者」もいて、「こういう先輩がいるから部下は休暇をとりにくくなるんだよな」と思いながら見ていました。ですから私としては、なんとかして休みたい、休まねばならぬ、と思っていたのです。

 編集者の労働時間、休暇の問題はなかなか一筋縄ではいきません。対作家ということを考えれば、朝9時から夜5時までの勤務時間の間だけで仕事が収まるケースはかなり希といえるでしょう。夜、作家とバーで飲んでいるとき、どこまでが仕事で、どこまでが遊びなのか、明確な線引きはできないのです。 考えてみれば、そもそも作家には誰かから与えられる休暇などありません。

 ということもあってか、出版社には残業手当のない社も多く、新潮社の編集部門も残業手当はありません。休日出勤も少なくない勤務態勢で、代休の消化もままならず、有給休暇なんてとったことないよ、という編集者も珍しくないのです。

 欧米の出版社や雑誌社でも、著者との交流は勤務時間を超えたものになる場合があるようですが、一般的には深夜まで残業したり、家で食事をとるのは土日だけ、というような編集者は多数派ではありません。ある時、アメリカの老舗の大手出版社を三日連休の直前の金曜日の午後にアポをとって訪問したら、約束をしていた編集者と警備員以外、そのフロアには誰もいなかったことがありました。なんと連休前の金曜日は(古い言い方ですが)実質「半ドン」になっていた、というわけです。

 脱線ついでに付け加えると、在ドイツの日本人から聞いた話では、ドイツの高速道路の「下り線」が渋滞するのは、土曜日の朝からではなく、金曜日の夕方からだそうです。つまり、ドイツ人は金曜日の午後には早々に退社し、家族と一緒に田舎の別荘へと出かけたりする、というわけです。

 欧米の編集者との交渉事があるとき、たまたま彼らのヴァカンスにあたってしまうと、二週間や三週間、彼らの休み明けまでまったく話が進展しないというケースも少なくありません。またフランクフルトでのブックフェアの後、「これから一週間ヴァカンスなんだ」というようなセリフをこれまで何度聞いたことでしょう。

 したがって、編集者に万国共通の仕事のスタイルがあるわけではなく、やはり日本という国なりのスタイルが編集者の仕事ぶりにも反映していると見るべきなのでしょう。

 それでは私がどんなリフレッシュ休暇を過ごしたかといえば……。実は休みに入る前に身辺に予期せぬ出来事があったため、自宅のある東京を離れるわけにはいかなくなったのです。結果として、三週間をほとんど自宅で過ごすことになったのでした。考えてみれば「この時期が偶然休暇で良かった」というめぐり合わせであり、私は「休暇の神様」に向かって深々とお辞儀をしたわけなのですが。

 そんな自宅蟄居(?)状態であることを口実に、実は「こっそり」仕事までしていました。当初は、休暇中の仕事は唯一、長期滞在中の田舎から週にいっぺんメールでこの原稿を送ること、というつもりだったのが、その他にも秋に刊行する予定の本の打ち合わせに出かけたり(!)、預かっている原稿のチェックなどもしていたのです。さらに告白すれば、土日にこっそり会社を訪れて、自宅作業に必要なものを持ち帰ったりもしていました。

 その二度目の「隠密出社」の最中、休日出勤してきた編集部の女性と薄暗い編集室でばったり出会ってしまい、「わっ」と驚かれてしまったこともありました。編集部のFさん、ごめんなさい。

 ……なんだ、これじゃあ典型的な日本人サラリーマンの姿。後輩の良きお手本にすらなれません。日暮れて道遠し。「職業生涯」という今日学んだ四文字が、私の頭のなかに妙な迫力とともに浮かび上がってきます。いやはや、日本の会社員の休暇は、なかなか板につかない難しいものなんですね(……日本人のせいにしている)。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)