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 古墳時代、星野道夫、区立博物館
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 小学校3年の娘がとっている朝日小学生新聞に、大田区立郷土博物館で開催中の展覧会「動物と考古学」の紹介記事がカラー写真付きで載っていました。展覧会では、縄文時代、弥生時代、古墳時代を中心に、動物をモチーフとして作られた土製品や木製品などが展示されているようでした。娘は近ごろ「縄文土器」に興味を持っており、動物も大好きなので、この「夢のような」組み合わせに興奮したらしく「ここに絶対行く!」と言います。翌日の土曜日、さっそく出かけてみました。

 地下鉄を乗り継いで西馬込駅で下車し、馬込文士村商店街の坂をのぼっていくと10分も歩かないうちに博物館に到着します。国立博物館に較べれば、やはり「区立」の規模はこれぐらいか、と思わせる外観。ロンドンやニューヨークの国立博物館に比べれば、城と「あずまや」ぐらい違うかもしれません。入館料は無料ですが、入館者はまばらという印象でした。近所の区立図書館にでも入るような気持ちで入館しました。

 ところが、2階にあがり、「動物と考古学」展に並んでいる土器や木製品を見始めたら、娘ならずとも思わず声を上げたくなるような愛くるしいものたちに、たちまちのうちに引きつけられました。いつしか娘そっちのけでガラスケースに顔をつけ、つぎつぎと作品に見入ってしまいます。イヌ、オオカミ、シカ、ヘビ、トリ、イノシシ、クマ、コウモリ、ムササビ、カマキリ、カエル、サル、ウマ、ヒツジ……と様々な生き物が登場するのですが、当時の人間はいったいどんな気持ちでこれらのものを手で作り出していったのでしょうか?

 なかでも目が釘付けになったのは、岩手県から出土した、鹿の角を彫って作った小さな白いカエルでした。丸い目が頭の両端に離れてついており、口の様子などからしても「セサミストリート」に出てくる緑色のカエルを連想させるような愛嬌があります。背丈はせいぜい4センチほどで、アマガエルの原寸大と言ってもいい小ぶりな作品。製作年代は縄文時代の後期と推定されているようです。

 続縄文時代のもので、その技術に驚いたのは、北海道で出土した「クマの装飾付鹿角製スプーン」(展示されているのは複製)でした。もしこのスプーンに、南東アラスカに住むインディアンの民芸品だというプレートがついていたら、そのまま信じていたでしょう。デザインにしても、全体の色の印象にしても、私のなかの「縄文的なるもの」のイメージにはおさまらない繊細さと力強さを兼ね備えた、それはまぎれもない「日用品としての芸術」でした。スプーンの握りの頂にはクマが彫り上げられており、その小さなクマには生命が宿っているかのようです。

 そしていちばん印象が強かったのは、古墳時代の鳥形木製品です。奈良から出土したものには、その鳥形を竿の上につけるため、鳥の胴体には穴が開いています。カタログにはこんな解説がついていました。「こうした鳥形をサオの上につけて立てる習俗は、朝鮮半島から北アジア、さらには東南アジアにかけて広く分布している」。この形はどこかで見たことがある、と思い、記憶の底を探っていくうちに、それは星野道夫氏の著書『森と氷河と鯨』に登場する写真だということに思い当たりました。

 南東アラスカのインディアンには古くからワタリガラスの伝説が語り継がれています。ワタリガラスは創造主であり、人々の心に謎掛けや励ましや警告の声を投げかける存在です。木彫によって様々な形でも表現されて、守護神としても祀られているのです。アラスカのインディアンの心の深くに浸透するワタリガラスの神話を追ううちに、どうやらシベリアでも同じようなワタリガラスの神話が語られていることを星野氏は知ります。

 5000キロも離れた土地と土地のあいだをワタリガラスはどのようにして繋いだのか。強い興味を持った星野さんは、実際にシベリアへも旅をし、モンゴロイドの人々が神話をたずさえて渡っていったであろう幻の5000キロの道筋をたどろうという取材を始めました。『星野道夫著作集』第5巻の年譜によれば、それは星野さんが亡くなる前年のことでした。しかし星野さんは取材の途中、カムチャツカ半島で不慮の事故に遭い亡くなりました。

 星野さんの最後の著作のひとつになった『森と氷河と鯨』には、柱の上に飾られたワタリガラスの木製品の写真が何枚も載っています。鳥の腹の部分に穴が開けられて、柱のてっぺんに差し込むようにして鳥形がつけられているのです。大田区の博物館に展示されている古墳時代の鳥のかたちは、まさにこのワタリガラスの鳥形と同じデザインなのです。

 鳥への信仰と、その造形の世界的な広がりは、考古学や民俗学の世界では常識レベルの話なのかもしれません。しかし、古墳時代の奈良にあった鳥形と、南東アラスカに今も存在するワタリガラスのトーテムポールの類似は、人間の心が作り出す物語や、その造形の根っこにあるものを、言葉以前の何ものかによって、直接わたしたちの心に訴えかけてくるようです。そこには畏れの感情が、祈りの感情が、濃く、深く染みこんでいると感じます。その感情は自分のなかにもまだ根深く残っているのではないか──。ひとけのない小さな博物館のなかで、私は静かな興奮を覚えていました。

 大田区立郷土博物館の素晴らしさは企画展だけにとどまりませんでした。3階では 鍛冶屋、桶屋、藍染屋といった手仕事の職人が使った道具が並び、また、東京湾で江戸時代の中頃に始まった海苔生産の歴史や、道具も展示しています。特に素晴らしいのは、海苔の採集を昔はどのような方法でやっていたのかをミニチュア模型によって再現しているところです。この模型が、ディテールにこだわった緻密なもので、「ここまでやる!」というほどの出来映えなのです。ここで表現されている道具の実物が隣のコーナーに展示されているのにも頭が下がる思いでした。

 これらの模型には、「作りたいから作った」というこだわりが溢れています。予算から弾き出したのではない熱意が、模型にはこもっているのです。どなたが作ったのかはわかりませんが、その職人の模型を作り上げる手の動きと、続縄文時代にクマのスプーンを作った職人の手の動きが、私のなかで二重写しになるようでした。モノをつくりだす人間の気持ちや手の動きは、2000年以上の時が流れても、ほとんど変わらないものなのだと思います。それは誰のためでもない、何か目に見えないものに突き動かされるようにして、作りあげてしまうものなのではないか、と思います。

 小さな郷土博物館の心意気に、すっかり興奮した頭は、馬込の商店街を歩くうちにゆっくりと冷めていきました。モースの大森貝塚の発見から始まった日本の考古学の、発祥の地ともいえる大田区で、私は長い長い旅をしたような気分でした。

「動物と考古学」展は今週の日曜日、16日までです。詳しくは下記ホームページをご覧ください。http://www.city.ota.tokyo.jp/ota/kyouiku/shisetsu/kyoudo-h/index.htm

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)