テロ、戦争、大統領選挙。近年のアメリカをめぐる議論は実に喧しく、その多くは、拡大するアメリカの覇権に焦点を合わせたものでした。こうした「アメリカ帝国論」が示唆するものに頷くところも多々ありますが、どうしても「帝国」を構成する一人一人の人間の顔が見えにくい、という欠点もあります。

 2004年5月に出版された、渡辺靖(37歳)氏のデビュー作『アフター・アメリカ』(慶應義塾大学出版会)は、こうした欲求不満に応えてくれる名著です。本書で渡辺氏は、ボストンWASPの名門家族「ブラーミン」と、アイルランド移民の子孫「ボストン・アイリッシュ」といった二つの社会集団を調査し、アメリカ社会における家族の意味について考察しています。じっくりと時間をかけて行なわれた調査対象者へのインタビューからは、それぞれの問題に悩み、それを乗り越えようとする「アメリカ人」の姿をはっきりと見てとることができます。『アフター・アメリカ』は、同年のサントリー学芸賞も受賞し、新しい「アメリカ論」の可能性を提示するものとして高い評価を受けました。

 この若き文化人類学者が「考える人」に2005年春号より登場します。テーマはアメリカの「コミュニティ」。アメリカの宗教、教育、地域コミュニティを訪れ、人々の生活、思想、経済をレポートしていきます。

 第一回は、ニューヨーク州南部にある「ブルダホフ・コミュニティ」。ブルダホフは、再洗礼主義に代表される宗教改革派のプロテスタントたちにその源流を求められる宗教コミュニティで、1950年代にアメリカに渡り、以来ニューヨーク州を中心に約2500人がそのメンバーとして生活しています。

 アメリカの宗教コミュニティといえば、アーミッシュが有名ですが、アーミッシュの徹底したアンチ近代のライフスタイル(電気を使わない、自動車に乗らない)と比べて、ブルダホフのそれは、より開放的かつ柔軟で、公式のウェブサイトもあれば各家庭にはラジオもあるといいます。そして一番の特徴はブルダホフが、ビジネスにも成功していることです。渡辺氏の言葉を借りると、「アーミッシュは外部と遮断することでコミュニティを守っているのに対し、ブルダホフはむしろ外部との交わりのなかで、自分たちのコミュニティの価値を再確認している」。

 ブルダホフやアーミッシュに代表される、多種多様な「コミュニティ」を社会の中に内包していること。またそれを許す「自由」。アメリカの手強さ、厄介さはそこにあるのではないか――、最後に渡辺氏はそう問い掛けます。前作以上にアメリカの「素顔」に迫り、「帝国」だけでは語れない、新しいアメリカ論を毎回お届けする予定です。