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 選考会と座談会
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 先日、次号の特集「大人のための読書案内」のための座談会を開きました。出席者は加藤典洋、河合隼雄、堀江敏幸、関川夏央、養老孟司の各氏。お気づきかと思いますが、五氏は小林秀雄賞の選考委員を務めてくださっている方々です。読書特集の座談会の出席者を、なぜ小林賞の選考委員にお願いしたのか、には理由があります。

 小林秀雄賞は、候補作も選考経過もいずれも非公開にしている賞です。選考会を終えた直後の記者会見と、「考える人」に掲載される選評によって、受賞作についての選考委員の評価は明らかになりますが、選考会の場ではいったいどんな議論が闘わされたのかは誰にも知らされることはありません。もちろん速記者もおらず、テープも回していませんから、誰がどんな言葉を、どんな口調で話したのかは、その場かぎりで消えてしまいます。

 候補作も選考経過も非公開であることについては、いろいろな意見があると思います。しかし私は、そういう賞があってもいい、と考えています。候補作を公表することは、やはりどうしても候補者を一定期間「さらしもの」に近い状態に仕向けることになるわけですから、「頼んだわけでもないのに候補にして、それで勝手に落とされたんじゃたまらない」と思う人が出てきても当然です。だからこそ、候補作が事前に公になっている賞はショーアップされて「面白い」のだ、とも言えるのですが。

 イギリスでいちばん知られている文学賞はブッカー賞です。カズオ・イシグロが『日の名残り』で一躍有名になったのにも、ブッカー賞受賞の果たした役割が少なくありませんでした。ブッカー賞は、まずロングリストが発表され、その後にショートリストが発表されます。今年の例でいえばロングリストに選ばれたのは二十三作品で、ショートリストに選ばれたのは六作品。つまり「ロング」とは二十三人の名前を並べるとズラズラと長いから「ロング」であり、「ショート」とは二十三人からさらに絞られた六人の名前を並べる短いリストなので「ショート」というわけです。ショートリストすなわち最終候補作が発表されると、その候補作になった本のカバーにはさっそく「ブッカー賞最終候補作」というシールが貼られたりもします。

 一度、最終候補になったイギリスの作家に話を聞いたことがあります。彼は選考会当日、「素面で発表を待ってるなんてできない。ひたすら酒を飲むしかない」と言っていました。

 アメリカで有名な賞は全米図書賞。近年もっとも話題になり、大ベストセラーにもなったチャールズ・フレイジャー『コールドマウンテン』(新潮クレスト・ブックス)は、デビュー作でいきなり全米図書賞を受賞したことでも話題になりました。こちらはさらに候補者にとってのプレッシャーがきつい賞でもあります。最終候補者は選考会当日の夜、全員集められて、着席式のディナーを振る舞われながら発表を待つのです。緊張のあまりワインを飲み過ぎて倒れた人がいる……かどうかはわかりませんが、欧米の社交のあり方や考え方にも通じるような、大変きびしいシチュエーションではなかろうか、と私は思います。

 というような、いわゆるコンペティション型の賞ではない小林秀雄賞は、作品どうしを競わせる賞ではなく、授賞対象となる作品を時間をかけて選び出し、賞を受けていただく、という考え方で運営しています。……しかしその一方で私は、どうにも惜しい、と思わずにはいられない部分をもやもやと頭のなかに残しているのです。なぜならば、小林秀雄賞の選考会が実に刺戟的で面白いからです。座談というものが本来的に持っている思わぬ話の展開ぶりや、作品の支持をめぐっての意外な角度からの言葉、少し冗談めかしながら繰り出される本音、そして選考会の結論を決定づけるようなひと言……といったものを、まったくイーブンな関係にある五氏から三時間近くにわたって聞き出すことができるからです。しかし、この選考会のすべては非公開なのです。これを残念と言わずして何を残念とすべきか。

 選考という仕事は、その対象となる作品を新たな言葉で発見し直す作業です。多少大げさに言えば、その作品に新しい生命を吹き込む役割さえ担うかもしれないのです。言葉が生きものであり、言葉は響き合うものだと思わずにはいられない瞬間が、選考会の場では何度となくもたらされています。この独特の「現場」を、読者のみなさんにお伝えできないかという下心もあって、実は今回の座談会を企画したというわけです。

 すでに小林秀雄賞選考会で二度顔を合わせている五氏は、今回の特集のためにふたたび集まってくださいました。テーマは「大人のための本とはなんだろう?」。座談会に臨む前に、各氏に三十冊の本を選び出していただき、さらにそのなかから「とっておきの一冊」を推薦してもらいました。そして、五氏全員でそれを事前に読んでいただき、去る十一月十一日、座談会は始まりました。

 選ばれた五冊の本は、それぞれに話が盛り上がるものばかりでした。そして、一見バラバラに集まったかに見える五冊が、座談会が進むうちに、その中に含まれながらも澱のように眠っていた何かが、お互いに響き合い、共鳴作用を起こして、立ち上ってくるような按配になってきたのです。堀江敏幸さんは座談会のおしまいに、こうおっしゃっています。「一番の若造が持ってくる本としては不安があったんですけど、やっぱり今この国の空気にひたっていて、目の向くところが何となく一致しているように思えたのは発見でした。励みにもなりました」。座談会は三時間を過ぎても終わらず、帰りがたい雰囲気につつまれました。

 小林秀雄賞の雰囲気をみなさんにもお伝えしたい、という考えもあった今回の座談会はしかし、小林秀雄賞の選考会とは微妙なところで空気が違っていました。どこが違っていたのか。やはり今回のほうが断然、みなさんリラックスされていたのです。笑いの数も格段に増えていました。誌上では枚数の都合で割愛せざるを得ませんでしたが、河合隼雄さんも上機嫌で、ふだんの何倍もダジャレを連発されていました。やはり、受賞作品を選ぶという仕事は、選考委員にとっても大変なプレッシャーだったのだと思い至った次第です。

 次号に掲載される座談会には、それぞれの方が選んでくださった三十冊の「ロングリスト」も付いています。私にとっても、まだまだこれだけの「読んでいない本」がある、早く読みたい、と思いながら、現在は積み上げられた本を横目に入稿作業を続けています。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)