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 桜の満開の下で
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「筆一本でやってきた人間には、有給休暇というシステムが何か納得できないんだよね」と玉村豊男さんは笑いながらおっしゃいます。次号の特集「限定生産はなぜおいしい?」のなかで、農園とワイナリーを経営する玉村さんにインタビューした時、働くことや給料についての話のなかで出た言葉でした。誌面の都合で収録はできませんでしたが、印象に残る言葉でした。

 有給休暇は労働基準法に定められた労働者の権利です。正社員だけでなく、パートやアルバイトでも労働時間や勤務日数に対応して取得できます。しかし「物書き」は誰に雇われたのでもない。事務所を設立する場合もありますから一概には言えませんが、大きな枠組みで言えば「物書き」はフリーの立場といっていいでしょう。文字を書いたり喋ったりしなければ、一銭にもなりません。休んだら収入はありません。「筆一本でやってきた」という玉村さんの言葉には、そんな思いがこめられていたはずです。

「物書き」にとっては、本を出して印税を、雑誌に寄稿して原稿料を、講演に呼ばれて講演料を受け取る、それが収入を得る方法です。労働そのものと労働への対価はそのまま直結しています。会社員の場合の「基本給」的な収入はありません。年によって収入の大きな変動もあるでしょう。「今日は仕事はしない」と思えばそれが休暇であり、毎日書き続ければ「年中無休」にもなります。自由と言えばこれほど自由な仕事もない、とも言えます。

 しかし、仕事をする上での電話代、光熱費、資料書籍の購入、取材のための交通費や宿泊費(これは事前の話し合いによって出版社が負担する場合も少なくありませんが)、と出費も馬鹿にはなりません。やはり玉村さんが東京で暮らしていた時代に、「もし自分が会社員だったとして、エッセイストになって独立して生活水準を落とさずにやっていくためには、それまでの会社員の年収の二倍は必要になる」とおっしゃっていたことがありました。会社の自分の机で仕事をしているときには気づかないだろうけれど、会社が用意し、支払ってくれるものが案外馬鹿にならないものなのだ、ということでした。

 原稿料も出版社によってはかなり違います。事前に原稿料を伝えるところもあれば、振り込まれて初めて自分の原稿料を知る場合もあります。印税も定価の10パーセントが相場だとは思いますが、これもケースバイケースで変動することがあります。初版部数が何部になるのか、定価はいくらになるのか、宣伝はどんな媒体を使ってなされるのか……といった本の売れ行きを左右する極めて重要な要素にも、著者本人が直接には関われないのが実態でしょう。モノを書く自由はあっても、自分の本を必ずしも自分の思うように出せるわけではないのです。「物書き」という仕事は現代社会のなかにおいては、シンプルで不安定な仕事です。

 昔は、新書一冊を書くだけで驚くほどの収入が得られたと言います。ある出版社の方から聞いた話ですが、新書の執筆を依頼する際に、「先生、一冊お書きくだされば家が建ちます」という「殺し文句」で次々と原稿依頼をしていた編集者がいたそうです。今そんな「殺し文句」を言ったら、タチの悪い冗談と思われるか、実態に詳しい著者ならば怒らせてしまうのがオチでしょう。雑誌の原稿料も二十年ぐらい前と較べて、それほどの「ベースアップ」があったとは到底思えず、原稿料は実質的には目減りしているのではないかと思います。

 もっと恐ろしい話を、先日耳にしました。著者から聞いた本当の話です。「○○社なんか、一度も印税を支払ってくれたことはありませんよ」。名前はある程度知られていても、規模の小さな出版社で、その社長はそもそも印税を払う、という考え方をしないようなのです。本を出して貰うだけでもいい、と諦める(?)執筆者が案外いるということなのでしょうか? 実に恐ろしくも不思議な話です。

 そもそも原稿料の話を著者の側から持ち出すことは滅多にありません。編集者によっては、最初から原稿料の話をするなんて失礼になるのではと変な気を遣う場合もあるぐらいです。海外のように、著者にエージェントがついていれば、もっとフランクに、強気で交渉することも可能でしょう。しかし現状では、執筆者のほうが弱い立場に置かれているのは歴然です。

 やはり雑誌は、資金力のあるPR誌か、大部数出る雑誌でなければ気前よくポンポンと高い原稿料を払えないというのが実態です。伝統ある老舗週刊誌「ニューヨーカー」の原稿料などは、ヘミングウェイの時代から今に至るまでかなりの高額だと聞いています。それもやはり、大部数が支えているのでしょう。「考える人」も、願わくば「最高の原稿料を出す」と評判になるような雑誌になりたいものです。桜が満開になり、はらはらと花びらが散る下で、春風に吹かれながらそんな夢のようなことを考えました。


「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)