┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 自分の国が好き
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 次号の特集「フィンランドの森、デンマークの暮らし」の取材と撮影のため、デンマークに来ています。先日は、フィヨルドと北海が美しいホルムスランドを訪ねました。北海からの西風が絶えまなく吹きつける町には、平屋建てのサマーハウスが点々と広がっています。

 デンマークの人々は夏を迎えることがなによりの楽しみだそうです。朝は九時頃まで太陽がのぼらず、午後の三時には早くも夕方となってしまう──そんな長く暗い冬をしのいできたからこそ、夏が待ち遠しいのでしょう。三週間から四週間の夏休みをとって、スペイン、フランス、イタリアなどの南ヨーロッパに出かけ、思う存分太陽を浴びる人々もいれば、国内に所有するサマーハウスにでかけ、のんびりとした日々を過ごすのを楽しみにする人々も多いようです。

 ホルムスランドに点在する平屋建てのサマーハウスは、西風をやりすごすかのように地面にはりついた低い姿勢ですが、その平らな光景のなかでひときわ目立つものがあります。それはデンマークの国旗です。

 赤字に白い十字のデンマークの国旗は実によく目立ちます。集落のところどころをピンでとめたように、旗は西風をうけてハタハタとはためいています。姿勢の低いサマーハウスから垂直に伸びるポールと国旗は、小さな船のマストと帆を連想させます。

 その日は何かの記念日、祝日だったわけではありません。実は、ホルムスランドの前に訪ねたビルンの一軒家でも、やはり頑丈で背の高いポールが庭の一画に立てられていて、 同じように旗がはためいていたのです。デンマークを旅すれば、この国はあちこちで国旗がはためいていると気づく人は多いはずです。

 ホルムスランドのサマーハウスのオーナーにうかがったところ、旗が立っている家と立っていない家の違いは明確にあるそうです。「旗が立っているのはデンマーク人のサマーハウス。立っていないのはドイツ人が借りているサマーハウス」。

 地図を見ていただければおわかりになると思いますが、国土の面積に比べて、ドイツの海に面している部分はわずかに限られています。しかしデンマークは海に接しているところばかり、と言ってもいいほど、海に恵まれた国なのです。だからこそ、ドイツ人は海の景色や海の匂いをもとめてデンマークを旅することが多いらしいのです。

 ホルムスランドはとりわけドイツ人が多いエリアだそうです。それは何故か。ここからはきちんと歴史的な事実をふまえて検証すべき事柄ではあるのですが、サマーハウスのオーナーから聞いたもうひとつ別の話をお伝えしておきましょう。

 オーナーから聞いた話。──ホルムスランドは第二次世界大戦のときにたちまちドイツ軍に占領されたんです。フィヨルドを見渡す一番眺めのいい場所に、ドイツ軍将校の家も建てられました。あなたたちが車で走ってきた南北に伸びる道路も、実は戦争まではなかった。交通の手段は船でした。ところがドイツ軍が入ってくると、あっという間に道路が出来上っていった。戦争の末期になると、今度はイギリス軍がここからデンマークに上陸して、ドイツに向かって進攻していったんです。

 そして六十年が過ぎた現在、この小さな集落で、単なる隣国の人となったドイツ人とデンマーク人のあいだにいざこざや軋轢が具体的にあるわけではありません。しかしドイツ人はここのサマーハウスを買うことはできないことになっており、借りることだけが可能なのだそうです。もちろんデンマーク人なら買うことはできます。

 デンマークは大きな抵抗をすることもなく、あっさりとドイツに占領された、という言い方があります。しかし今日訪ねてみたコペンハーゲンの自由博物館では、占領当時のデンマークのレジスタンス運動の記録が展示されており、デンマークの人々が経験した様々な悲劇と抵抗の歴史が今もなお克明に記憶されていることを知らされました。また、自由博物館の隣の公園の中には当時の防空壕がそのままの状態で残されています。

 日本もアメリカに占領された時期がありました。しかしそれは戦争が終わった後の占領であって、デンマークが占領された意味合いとはかなり違います。戦争のさなかにアメリカ軍が上陸したのは沖縄でした。「本土決戦」という言葉が行き交ったものの、実際にはそうはなりませんでした。デンマークが占領されていた五年間は、私たち日本人が経験した占領とは明らかに違う性質のものなのです。

 だからこそデンマーク人は国旗が好きなのか? もちろんそのような歴史的なバックグラウンドが寄与する部分も無視するわけにはいきません。しかし、どうもそれだけではないような気がするのです。実はビルンの一軒家を訪問したとき、帰り際に木製のおもちゃ風のデンマーク国旗をプレゼントされました。もしも、戦争という経験が苦味をともなって国旗の記憶を喚起するとしたら、あんな笑顔とともに、気安く自国の旗を手渡してくれただろうか、とも思うのです。

 国旗のあつかいにしても、皇室と国民の関係についても、何かすっきりとしない日本の息苦しい現状に比べて、デンマークの国旗のはためき方は、敢えて言えばもう少し邪気のない、素直な感情に支えられているのではないかと感じます。つまり、自分の国が好きだ、ということの、比較的あっさりとした表現としての国旗。そんな気がしてならないのです。

 はためく国旗の意味はさておくとして、「自分の国が好きだ」ということについては、六組の家族に取材した特集記事のなかで具体的にご紹介することになるでしょう。消費税25%、所得税が50%前後、というデンマークと同じ事態が日本に出現したとき、わたしたちは果たして「自分の国が好きだ」と言えるでしょうか?

「自分の国が好きだ」ということのなかには、王室に対するデンマーク国民の感情のあり方も含まれています。国民に対して驚くほどオープンなデンマーク王室と女王の影響力には、イギリス王室ともまた違った独自性があるようです。そして奇しくも明日14日は、デンマーク王室フレデリック皇太子のロイヤルウェディング。午後4時からはじまるコペンハーゲン市内での成婚のパレードを、私もデンマークの人々にまじって路上から見学する予定です。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)