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 編集会議
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 最初に配属された小説新潮編集部でいちばん驚いたのは月一回の編集会議でした。(最初にお断りしておきますが、二十年以上前の話なので、現在の小説新潮編集部とはまったく別の話です)

 月に一回、午後の二時間以上をかけて開かれる会議の内容は、「誰々の作品が何月号までに何枚でもらえるか」「誰々の連載は何月号からスタートできそうか」「何月号は時代小説の特集にできるか」等々のスケジュールについての打ち合わせがほとんどなのでした。考えてみれば小説雑誌の使命は、人気小説家の作品をなるべくたくさん掲載し、読者に喜んでもらい、やがて単行本化するのが第一ですから、スケジュールの確認は実はとても重要な仕事なのです。

 しかし、編集会議という言葉からぼんやりイメージしていたものと、実際の会議とはだいぶ印象が異なるものでした。アイディアを出し合うとか、新しい企画を相談するとか、会議とはそういうもの、と思っていたので、なんとなく入社早々から自分の居場所がないような気分でした。

 新入りの私にも担当作家がつきはじめると、この編集会議で自分の大切な作家の「場所とり」ができるかどうかが問題になってきます。会議はしだいに重要なものになっていきました。それでもなお、「これが会議というものなのかなあ」というぼんやりとしたギモンは残ったままです。

 それから二十年以上がたち、部署も何度か変わるなかで、企画をめぐる会議、議論沸騰の会議など、かつて若かりし頃自分がイメージしていた会議のようなものにも、それこそ数え切れないほど参加してきました。そのなかで、今でも忘れがたい会議がいくつかあります。まだ生々しいところがあるのでここには書けませんが、あるプロジェクトの方向性があの会議で決まった、とか、あの会議で彼の本心がはっきりとわかった、というような(こう書いているとなんだかコワイですね)、誰が何をどんな風に言ったか、ということがきわめて重要な意味を持つ会議というものも経験しました。

 しかし、なのです。私は編集会議というものがどうも好きになれないのです。複数の人間がいれば、様々な角度からの検証ができるとか、安易な企画を波打ち際で押し戻すことができる、とか、会議の効用はいくらでも数え出すことができます。ではありますが、実際の具体的な事柄は、会議ではなく、廊下での立ち話や、その人の机のところまで行って話したときにあっさりと決まってしまうことが多いのです。そしてそのほうがうまく行く、という気がしてならないのです。

 会議にはいろいろな感情や癖をもった人間が参加しています。あいつはなんだか気に食わないから企画に文句をつけてやれ、とか、彼には後で仕返しをされたくないから今回の彼の出した企画には文句を言わないでおこう、とか、ここでこういう指摘をすれば鋭いやつだと評価されるかも、とか、いろんな怪しい思惑も行ったり来たりします。そういう怪しい力学が、ひょうたんから駒で変な力を持ってしまい、言ったほうも言われたほうも想像外の結果に驚く、なんてこともままあります。話にたいした中身がなくても声に勢いがあったせいでなんとなくその場の空気を変えてしまった、なんていうような場合もあって、「あの会議のあの一言でこんなことになって」泣くに泣けない担当者──これもよくあるケースです。

「考える人」の編集会議はどうかと言えば、実はめったに開いていません。編集部員とは私の机のまわりでその都度企画を相談したり、私が彼や彼女の席に出向いて相談したり、ということでほとんどを決めています。会社にはただでさえいろいろな会議がひしめいているので、せめて「考える人」ぐらいは、なるべく会議レスでやってみよう、と試しに始めてみて、今のところ大きな問題はないのではと思っています(編集部員はそうでもないかな? 会議がないから企画も出せない、などと思っていたりもするのでしょうか?)。

「いやここだけの話、会議って、その間は机の上の仕事から逃避できるじゃない。だからエンドレスに忙しいときにはちょうどいい休憩時間になるよ。人がいろんなことをいろんな顔をして話しているのを見るのも案外楽しいし。会社の人間観察に会議は不可欠なんじゃないの?」という説を唱える友人もいて、なるほどと思ったりもしているのですが……。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)