中島義道さんの『うるさい日本の私』をお読みになったことはありますか? 新潮文庫版には、その内容がこのように紹介されています。
「バス・電車、デパートから駅の構内、物干し竿の宣伝まで、けたたましくスピーカーががなりたてる、この日本──。いたるところ騒音だらけ。我慢できない著者は、その“製造元”に抗議に出かけ徹底的に議論する。が、空しい戦いから浮かび上がったのは、他人への押しつけがましい〈優しさ〉を期待する日本人の姿だった。日本社会の問題点を意外な角度からえぐる、「戦う大学教授」の怪著。」
「どう考えてもヘンだ」「おかしい」と思っても私たちはなかなか行動に移さないものですが、中島さんはひるまず諦めず「うるさい」ものと徹底的に戦います。しかし、この本の素晴らしさは、その行動が抗議だけで終っていないところです。なぜ日本人が騒音を「聞き流している」のか、その理由をまた徹底的に考え分析し明らかにしている点が、この本を「怪著」に終らせていません。
「考える人」では、「醜い日本の私」と題し、現在の日本に溢れている電柱、看板、広告塔、横断幕、といった醜い、美しくないモノを中島さんが徹底的に考えます。私たち日本人が気づかずに受け継いできた古来からの日本人の心性が明らかになる「恐るべき」連載と言えるでしょう。
 冒頭の文章からその迫力が満点です。どうぞご期待ください。

 かつて『うるさい日本の私』(新潮文庫)を刊行したとき、多くの人から「あの『うるさい』は『日本』と『私』のどちらにかかるんですか?」と面白半分(冷笑的)に尋ねられたが、いつも「両方にかかるんです」と答えてきた。「うるさい日本のうるさい私」である。今回のタイトルを見て、さすがに「この『醜い』はどちらにかかるんですか?」と問う勇気ある人もあまりいないだろうから、前もって答えておく。「両方にかかるんです。醜い日本の醜い私です」。