┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 公式服装
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 編集者の服装はさまざまです。一般企業に較べるとかなり自由度が高いと言えるでしょう。新潮社の場合は部署によって様相がガラリと変化します。男性社員に限って言えば、営業部や広告部のスーツ着用率は100%。編集部のスーツ着用率は私の印象では20%を切るのではないかと思います。ただし、週刊新潮編集部はあらゆる職業や年齢、立場の取材対象と接する可能性が常にあるのでスーツ着用率は100%。月刊誌、つまり新潮、小説新潮、芸術新潮、新潮45、フォーサイト、旅などを考えると、スーツ派は0%の編集部もあります。

 私はどうかと言えば、年間でスーツを着る機会が5%あるかないか。ふだんはジーパンかチノパンにコットンのシャツ、そしてジャケットが基本です。会社ではTシャツは着ませんが、ポロシャツは着ます。思い起せば入社して一年目ぐらいまで、私のスーツ着用率は80%ぐらいあったかもしれません。まだ見習いという雰囲気もあり、ネクタイを毎日のように結んでいた記憶があります。

 私がスーツを着る場合は、著者の受賞パーティに出かけるとき、文学賞の選考会、その日にお会いする著者がスーツで現れる可能性が高い場合、それから初めてお会いする方との面会の場面を想定し、きちんとした格好をしておいたほうが良さそうだと判断する場合で、それほどその機会は多くはありません。

 編集者でも管理職以上になるととたんにスーツ率は上昇します。管理職が出席する会議を見渡すと、営業部や広告部が同席するような場合にはスーツ率は80%を超える印象。役員会議のレベルになればもちろんスーツ率は100%。

 私はスーツを着ることがそれほど嫌いなわけではありません。スーツを着た日には朝から会社員としての気持ちに一本の筋がピーッと通るような感じがあって、日常的な気分に一線を引く効果があるような気がします。しかし、雑誌の入稿や校了の時期には、深夜まで会社に残る場面が多く、つまりそれはほとんど肉体労働の期間と言えるのですが、そのような状況のもとで長時間にわたってスーツを着続けるのは、やはりしんどい。月刊誌のスーツ着用率が低いのはやはり入稿や校了の時期にスーツなんか着ていたらやってられない、という理由が大きいからだと思います(「オレのところだって常に肉体労働だぞ」の声が他部署から聞こえてきそうだな……)。

 場面は変わって11月16日の朝。私はいつもどおりカジュアルな格好で上野駅を降りました。目指すは駅前の東京文化会館。文化会館の建物を見上げながら、少しずつテンションが高まり血圧が上昇するのを感じていました。そう、今を去ること四ヶ月近く前、真夏のチケット発売日。発売開始時刻を紳士的に待ち、時報を聞いたとたん狼に豹変した私は、電話に襲いかかりました。そして矢継ぎ早にプッシュフォンをキツツキのように連打します。まったくつながらない電話に一時間以上しがみつき、リダイヤルをずっと押し続けました。そして、やっとつながった受話器から聞こえてきたのは、「申し訳ございませんが販売は終了しました」というツレナイ言葉。

 買えなかったのです。サイモン・ラトル率いるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の来日コンサートのチケットは、どこか遠い空の果てまで去ってしまい、私のもとにはやっては来ませんでした。チケット一枚でCDを十枚以上まとめ買いできるほど高額のチケットでしたが、高額をものともせず、大変な数の人々がチケットを求めてリダイアルボタンを押し続けていたようなのです。しかし……神は私を見捨てることはなかった、ようなのです。

 私が指定された時刻に東急文化会館にやって来たのは、ベルリン・フィルのリハーサルを見学するためでした。数日前に関係者の方が声をかけてくださったので、詳しいことはよくわからないのですが、おそらくは関係者とメディアとその周辺に限ったリハーサル公開だったのではないかと思います。指令どおり、朝九時十五分に東京文化会館の楽屋入り口に並びました。三十分過ぎには見たことのあるベルリン・フィルのメンバーが三々五々楽屋入り口から中に入っていきます。楽屋口に立って目を輝かせてメンバーを見ている図は、まさに「追っかけ」。そして九時四十五分までホールの外で立ったままリハーサルの「開演」を待ちました。

 すでに個々の練習はステージの上で始まっていました。リハーサルに集まったベルリン・フィルの団員は、ほとんど皆カジュアルな姿でした。カジュアルなのは衣服ばかりではありません。団員とラトルとのやりとりも、二年をかけて培ってきたコミュニケーションの結果が現れていました。その人間関係は上下の縦糸で結ばれているのではない印象です。ラトルも団員もそれぞれ同じように上空にある音楽を見上げながら、同じ地面に立って音楽を考えている。そんな対等の人間関係が築かれているようでした。ラトルはしばらくステージ後方に座っていた女性ホルン奏者と何やら話し込んでいます。開始時刻の十時をほんの少し回ったところで、遅刻したことを照れ笑いしながら入ってくる団員もいます。全体を見渡せばジーパン着用率60%。このリラックスした雰囲気はもともとベルリン・フィルにあったものなのか、あるいはラトルが就任して後のことなのか?

 個々の練習から聞こえてくるきれぎれのフレーズから、リハーサルはマーラーの交響曲第五番であることがわかりました。以前にもこのメルマガで書いたことがありますが、サイモン・ラトルのベルリン・フィル音楽監督就任記念コンサートで演奏された曲目です。なかでも話題になったのが、第三楽章でホルン奏者のシュテファン・ドールが指揮台の横に立ち、ほとんどホルン協奏曲かと思えるような演奏をしたことでした。この時の演奏はDVD化されているので機会があったらぜひご覧になることをおすすめします。そのシュテファン・ドールは、今日は下はジーパン、上は綿のシャツを裾を外に出した完全カジュアルモード。DVDで見た正装したドールのピシッと背筋を伸ばした演奏姿とはまったく違います。そしてまもなくリハーサルが始まるというやや緊張した空気が流れたとき、ドールはホルンを抱えながら、ステージの上で相撲のシコを踏む動作をしたのです。宿泊先のホテルで相撲の中継でも見ていたのでしょう。団員からも笑い声が起こります。

 リハーサルはその第三楽章からスタートしました。ラフな格好のラトルは演奏が始まってまもなく指揮台を降り、さらにステージも降りて、観客席をずんずん後ろのほうへと早足で向かってきます。そして観客席のほぼ真ん中あたりで座り込み、全体の音に耳を傾け始めます。観客席では音がどのように聞こえるのかを自分の耳で確かめてみているのでしょう。最初は左側に座っていたのが途中で右側にも移り、そしてまたステージに戻って指揮を始めます。演奏は何度となく中断し、ラトルは英語やドイツ語でさまざまな指示を出します。第三楽章のリハーサルが終わると今度は第一楽章へ。就任コンサートの演奏に比べて、全体にもう一段懐の深い、ゆったりとした演奏へとさらに進化した印象がありました。ラトルとベルリン・フィルの二年間で急速に深まった信頼関係が演奏にも現れていると感じます。

 そしてもう一度見ることのできた公開リハーサルは、11月20日のサントリーホール。この公開リハーサルは来日後に急遽決まったもので、リハーサルを一席5000円で一般公開し、その収益金全額を新潟中越地震の被災者に寄付するという趣旨のものでした。こちらもチケットは瞬く間に完売でした。

 開場するとすでにステージ上にはパラパラと楽団員の姿があり個々の練習が始まっています。何か雰囲気が違うと思ったら、楽団員は正装なのでした。これなら本番と同じ。開始時刻の十時半が近づくに連れて団員は次々と着席します。しかし東京文化会館のリハーサルの際とは衣服はもちろん表情もだいぶ違うようです。笑いながら無駄口(?)を叩く気配もありません。団員同士が二言三言小さな声をかけ合いながら握手をして席につき、黙々と練習しているのです。背筋がピンと伸びた、心地良い緊張感がステージに漂っています。

 東京文化会館の際には観客席は一階席の後ろ半分だけを使い、前半分には聴衆は座らせませんでした。今回はホール全体に聴衆が座っています。リハーサルというよりはもう本番の演奏会の雰囲気です。そして定刻。当然のごとく正装のラトルが颯爽と登場すると、観客席からは盛大な拍手と気の早い「ブラヴォー」の声。曲目はブラームスの交響曲第二番でした。演奏の素晴らしさについては細かくここには書きませんが、正装したラトルとベルリン・フィルの、緊張感と伸びやかさが共存した雰囲気には心底圧倒されました。第四楽章の終わりに近づくにつれて鳥肌が立ち、最後には体中の毛穴が開いてしまったような感動を覚えました。

 カジュアルなベルリン・フィルと正装したベルリン・フィルは、どちらの姿も彼らの魅力を存分に現していると思います。服装によって気分というものがいかに変化するか。人の衣服を見るだけでもその心理的な影響は大きいとあらためて思います。そんなことを考えていたとき、そういえばしばらく前に、私と同期入社の週刊新潮編集部の人間と銀座のデパートで鉢合わせたことがありました。彼は休暇で家族と買い物に出てきたところだったようです。ふだん見慣れない彼のカジュアルな姿には、仕事を離れたプライヴェートな時間が流れています。私といえばいつもどおりのカジュアル。会社にいるときと区別がつかない格好です。そのとき、私は何とも言えない恥ずかしい気分に襲われたことを覚えています。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)