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 四日はお休み
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 新年あけましておめでとうございます。 今年の年末年始の休暇はちょっと短めでしたが、皆さんはいかがお過ごしでしたでしょうか?

 年末の休暇に入って早々に、食材の買出しに出かけました。行き先は家から歩いて十分ほどのところにある昔からの八百屋さんです。現在の店主は二代目。三代目になるであろう息子さんたちは兄弟で店を手伝っています。兄は三十代、弟は二十代、というところでしょうか? 店は十数坪程度の広さで、四、五人もお客さんが入ると店はいっぱいになります。店の外側にも露台が並び、ラップのかかっていない野菜や果物がほのかな香りを立てています。

 駅前ビルの地下に入っている巨大スーパーに比べると、この八百屋さんはほんの少し値段は高めです。しかし店に並んでいるものは断然品物がいいのです。たとえば、なます用の三浦大根。大根でもこんなに味が違うのかというぐらい、生でばりばり齧りたくなる味。みかんについても、お店の人が「これ絶対甘いよ!」と言えば、本当に甘い(スーパーでビニール袋入りのみかんを買ってみたものの、食べてみたら甘くなくてガッカリ、というケースが昔より増えたような気がしませんか?)。

 この八百屋さんの道をはさんだ斜め前には、鮮魚から乾物、惣菜、缶詰や調味料まで多種多様の食材を売っている、古くからの店もあります。扱う商品は数多いのですが、店はやはり十坪ぐらいの広さしかありません。特に道に面した店先には、コンビニエンスストアでも扱うような商品が目立つように置かれてあるので、店の奥で鮮魚を扱っているとは、初めてのお客さんだと気づかないこともあるのではないかという不思議な店構えなのです。ところが、この店も、奥で扱っている魚が実においしい。特に年末に扱う鮭の切り身は特筆もの。私のあとから店に入って来た他のお客さんは「鮭、まだある?」と心配そうに店の人に尋ねていました。

 実はこの店は、昔は鮮魚の専門店だったようなのです。途中から魚以外の商品も扱うようになり、現在のスタイルになったらしい。だから自信を持って客に勧めるのは魚、というわけなのです。おいしい鯖の見分け方を伝授してくれますし、ご主人が店で〆たコハダも正月の定番です。そして今回立ち話をしていて判明したのは、店から歩いて一分のところにかつて自宅があった某紅白出場歌手も、御歳暮は今でもここから鮭を発送し続けている、ということなのです。

 いっぽう私は、都内にあるいわゆる「高級スーパー」で買い物をするのも実は嫌いではありません。もちろん日常的にというわけにはいきませんが、クリスマスや年末年始のような「ハレ」の時期に、それなりに財布の準備をして「高級スーパー」のなかをゆっくりカートを押しながら経巡ると、姿かたちも値段も神々しい松茸や京野菜、珍しい輸入ものの缶詰やお菓子、直営ベーカリーで焼いた多種多様な香ばしいパン類など、「見るだけで済ます」ものから「やっぱりこれじゃなきゃ」と手を伸ばすものまで、頭のなかで合計額を概算しつつもカートの中には次第に食材が積み上がってゆきます。レジにたどり着く頃には食べる前からなんだか満足してしまい、お腹のあたりがポカポカするような豊かな気分に浸るのが好きなのです。

 それでもやっぱりこの年末年始には、地元の小さな商店はつくづくいいものだなあと思いました。自分たちの生まれ育った地元で、お互いに顔を見知った常連客相手にきちんとした商売をすることのすがすがしさ。何しろ顔を見ながらの商売です。「これ絶対おすすめだよ」と言ったものが万が一おいしくなかったら、もうお客さんは来てくれません。正直な商売しかできないのです。巨大スーパーの場合だと、買ったみかんがいまいち甘くなくても、クジに外れたような気分になるだけで、「このスーパーに二度と来るものか」と感情が昂ぶることがないのは、やはり顔を見ながらの売買ではないからでしょうか。小さな商店の場合は、買うつもりのまったくなかったものを店の人にすすめられて買ってしまう意外性もあります。スーパーでの買い物カゴには、どうしても毎度お馴染みの顔ぶれが揃ってしまいがち。以前にこのメルマガで店と客のやりとりが交わされるパリの朝市がうらやましいと書いたことがありましたが、灯台もと暗し、地元の商店はすなわち「パリの朝市」的な魅力が満載なのでした。

 もうひとつ地元商店の魅力は、家族経営の味わいです。さきほどは触れませんでしたが、鮮魚および食材を扱う店も、八百屋さんと同じように奥さんや娘さんが明るく元気に立ち働らく店なのです。家族経営の小さな商店となれば、昨今のご時勢からすればたちまち零細企業のレッテルが貼られて、いずれは消え行く運命と見なされてしまいがちです。しかし、どちらの店もいつ行ってもお客さんが絶えることがありません。ますます元気という雰囲気です。もちろん家族であるがゆえに起こるトラブルや悩みも舞台裏には潜んでいるでしょう。しかし、客の側から見れば、何とも言えない好もしい気持ちが自然と沸いて来るのです。

 八百屋で勧められたみかんがあまりにおいしくて、消費量が予想を大幅に上回り、大晦日に追加の買出しに出かけました。東京は午後から粉雪状の大雪が降り始めていて、町はしんと静まりかえっています。東京の雪なのに、道を歩いているとキシキシときしむ音がします。なんだか雪国の大晦日みたいだなあと思いながら、差している傘が真っ白になる頃八百屋にたどりつくと、三代目の若者が店前に張り出すシェードに積もる雪を箒を使って振り落としている最中でした。「いやあ凄いッスねえ。落としても落としてもどんどん積もる」彼の笑顔は小学生の男の子のようで、明らかにはしゃいだ様子。みかんを追加で買いに来たことを告げると、「でしょう? 箱で買って行けばよかったですね」と満面の笑顔です。「そうだったね。今日はこのリュックに入るだけもらっていきますから」

 新年明けて四日。おせちではなく、ちらし寿司を作って食べようということになり、いくつか不足していた食材を、みたび八百屋と食材屋で調達、と思って出かけました。ところが……二軒ともシャッターが降りていたのです。そうか、ふつう店は五日や六日にならないと開かないものなんだ、と自分の見当外れを知らされました。今はコンビニエンスストアはもちろんスーパーでもどこでも元旦から営業しています。自分が子どもの頃は、もらったお年玉をポケットに入れて目当てのものを買いに行くにも、四日や五日の始業まで、苦しいお預け状態だったことを思い出しました。しかたがないので、私はそのままさらに十分歩いて、駅ビルの地下巨大スーパーに出かけ、テープに録音されたBGM付きの売り出しの声を聞きながら、可もなく不可もない買い物をして、帰宅しました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)