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 出張先でとりとめもなく考えたこと
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 昨日まで次号の特集「クラシック音楽と本さえあれば」の取材のため、シカゴに出張していました。出発する前日に、ニューヨークなどアメリカ北東部が大雪になり、飛行機は大丈夫かなあと心配したのですが、無事たどり着くことができました。しかし着陸前に飛行機から見下ろしたシカゴ近郊は真っ白け。滞在中に気温は零下13度まで下がりました。雪も降りました。帽子と手袋がなければ耳や手にしもやけができそうな寒さでした。

 飛行機は行きも帰りもエコノミークラスです。最近つくづく思うのは、エコノミークラスの待遇が昔より格段に良くなったということ。前回の北欧の取材は海外の航空会社でしたが、「これがエコノミークラス?」というぐらい椅子の前後の空間が広くなっていて、食事もサービスも文句なしでした。エコノミーでもこのレベル、何倍も高いビジネスクラスなんてもったいない、と内心思うほどでした(ちょっと細かいことを書いておきますが、北欧の取材のときに購入したのはエコノミークラスの正規料金チケットでした。その場合、この航空会社はビジネスクラスとエコノミークラスの間に新しい席を設定していたのです。格安航空券だと、この席には座れないようでした)。

 今回は日本の航空会社です。座席の空間の余裕は北欧の航空会社には及ばず、中央に座っていた私がトイレに立つのには一大決心が必要でした。しかしびっくりしたのは、料理が意外なほどおいしかったことです。機内食としては、という条件付きではあるのですが、初めて海外旅行をした四半世紀前のことを思い出すと、当時はもっと味も素っ気もない、「栄養が含まれているのかさえ疑わしい物体」ぐらいのレベルでした。初めての海外旅行で乗ったアメリカの某航空会社のエコノミー席の待遇といったら、自分が人間なのかどうか怪しくなってくるようなものでした。食事のときも「ミート? フィッシュ?」「コーヒー? ティー?」と壊れたテープのような単語だけの質問を投げ付けられるばかりだったことを思い出します。

 エコノミークラスでへえと思ったのは機内食の質ばかりではありません。フライト・アテンダントの接客態度は、自分がビジネスクラスの席に座っているのかと錯覚するほどです。エコノミークラス症候群の予防もかねているのか、頻繁に席にまわってきてジュースやお茶などのサーヴィスもしてくれます。熱々のおしぼりも二回配られます。まあ接客態度の違いは文化の違いも含んでいますから、この丁寧さは過剰だという批判も出てくるかもしれません。まあしかし、約11時間の旅は、自分が人間として扱われていると感じられる、窮屈ながらも快適なものでした。

 長い旅の果てにやっとたどり着いたホテルも、当たり外れがあります。チェックインして入った部屋の窓の眺めとか、街から湧き上がってくる騒音の具合とか、空調のぐあいとか。「ちぇっ」と舌打ちしたくなる場合もあれば「お、案外いいねえ!」と思わず声が出る場合もあり、今回は幸いにも後者でした。窓からはシカゴの目印のような建物、ハンコックセンターが見えます。パソコンの接続も五分で終了。部屋も想像以上に広くて静か。バスルームも清潔です。紅茶もコーヒーも入れられる電熱器もついています。一人旅だとルームサーヴィスのメニューも気になります。こちらも美味しかった。

 最近のホテルでは、日本や海外を問わずシーツやタオルの交換を毎日無条件でやる、ということが少なくなりつつあるようです(もちろん頼めばやってくれますが)。バスルームには過剰なタオル交換を避けるため「環境保護のため御協力ください」と書かれたカードが置かれています。「なんだかんだと美辞麗句を並べて経費削減をしたいだけだろう」という見方も当然出て来るでしょうし、実際、経費削減もかねているでしょう。しかし、環境保護に貢献できる美辞麗句なら、それならそれでけっこうなことではないかと思います。今回のホテルの場合は、「長期滞在のお客様については、特に希望がなければシーツは三日に一度の交換にさせていただきます」というカードもナイトテーブルの上に置かれてありました。

 ただ、個人的に疑問なのは、ホテルのあのバスタオルの大きさと重さです。あんなに大きくて分厚い必要があるのでしょうか? そんなことを感じるのは、欧米人よりも相対的に貧弱な体格の日本人であるせいでしょうか。あれだけ大きなタオルを洗濯するにはホテル側が気にする「大量の水の消費」が不可欠でしょうし、乾燥のための電気消費量も馬鹿にならない。私の感覚だと、いわゆる「手ぬぐい」レベルのものでも充分です。

 ――というわけで、仕事のわりには快適だった滞在を終えて、シカゴの空港に着いたときのこと。ふたたび機上の人となる少し前、搭乗ゲートのガラス越しに、これから私たちを東京まで運んでくれる飛行機を眺めていたら、ジェット機の後ろからモヤモヤモヤと威勢よくかげろうが立ち昇っているのが見えたのです。「環境保護」という点では、航空機の抱えている問題は少なくない、ということにあらためて気づかされます。化石燃料の消費量を考えると、旅客機のそれは世界全体でかなりのものになるはず。燃焼には大量の酸素が消費されますし、その結果、膨大な二酸化炭素も吐き出されます。

 それやこれやを思うと、飛行機は他の交通手段に較べてずいぶん割安の乗り物ではないか、という気がしてきます。そして世界経済の仕組みをいったん棚上げして「環境保護」の観点だけでこの問題を考え直すと、地球環境の損失の代償として換算しても、航空運賃は安すぎる、という見方も成り立ちます。あり得ない話ですが、仮にタクシーで東京からシカゴまで走らせたらいったい幾らかかることになるか、それも往復だとして……。たった数万円でアメリカを往復できるのがいいのか悪いのか、微妙な気持ちにもなってきます。

 私が乗った飛行機の機体は、普通の塗装でした。しかし最近はキャンペーンなどと連動して巨大なキャラクターの絵などが機体にペイントされることがあります。うろ覚えですが、飛行機一台に使用されるペンキの重量は何百キロにもなり、その重みによる燃費の悪化には見過ごせないものがある、と聞いたことがあります。航空機も分厚いバスタオルを羽織って空を飛んでいる、ということでしょうか。経費削減のためペイントを最小限にとどめる飛行機も出始めた、というニュースを数年前に見たのですが、空港を見渡してみてもあまり実態は進んでいない様子です。

 お互いの国を気軽に行き来することは、本来的にはコミュニケーションを円滑にし、相互理解を深めることを可能にしてくれるはずです。しかし実態として、果たしてほんとうにそうなっているのかどうか。私は怪しいと見ています。インド洋の大津波のあと、ほどなく海岸で寛ぐ白人観光客の姿がテレビに映し出されたとき、信じられない思いがすると同時に、それはそうかもしれないとも思いました。海外の相互交流といっても、実は観光客としてただ一方的に訪ねあっていただけに過ぎないのではないのか、という疑いは晴れません。

 いまだかつてない額の義援金や援助金が瞬く間に飛び交ったのも、世界同時中継を可能にするメディアのテクノロジーとグローバルな影響力あってこその展開でした。私の今回の海外出張でさえ、ジェット機というテクノロジーと相対的に安い航空運賃がなければ成立しませんでした。そしてこれからも生活のなかで様々な現れ方でその恩恵に浴することになるでしょう。It's a small world.とでもいうべき私たちの時代は、「パンドラの匣」を開けてしまった後、どうすればいいのか立ち止まって考えることもできないまま、音もなく進んでいる世界なのかもしれません。私たちはこれから「パンドラの匣」の底に小さな石を見つけることはできるでしょうか。

 無事に帰国することができたことにまずは安堵しながらも、今回は旅の終わりにそんなことを少しだけ考えました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)