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 ふたたびアンケートについて
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「人に意見を聞く」、と言うは易し。実際に「ちゃんと聞き入れて、自分のものにする」のはなかなか難しいことです。それは、大人になればなるほど「行うは難し」になるかもしれません。ほんとうの大人とは、自分の考えを変えられる度量を持つ人だと思いますが、いっぽうで大人とは、「自分の考え」をしっかりと持つ人でもあるはずです。人の意見を聞く度に「そうかそうか」と頷いて自分の考えを変えてばかりいたら、自分はいったい何をどうしたいのか?ということにもなりかねません。

 会議の席などで、自分の立てた単行本の企画などに厳しい意見や批判が出たりすることがあります。私の場合の反応のパターンは、自分の内心の状況が次のどちらにあるかによって変わってきました。

A 自分の企画には弱点があると自分でわかっている場合の反応B どうしてもやりたいし、手ごたえも確信もある企画の場合の反応

 Aの場合、「ああ、やはりそこを突っ込んで来たか」と思い、「自分が確信を持てない企画はやっぱり弱いなあ」と反省します。そして次にどうすればいいかを必死で考えます。しかしBの場合は、「何言ってんだ!」と内心ではかなり乱暴な反応が沸き起こります(もちろん口にはしませんが、きっと顔にはアリアリと書いてあるはず)。

 しかしこの世の中には「絶対」というものはありませんから、私が「絶対」と思っていても数字的にはさっぱり駄目なものもあれば、ボロクソに批判されたもので「増刷!」ということもあるのです。要するに誰が何を言おうと、蓋を開けて見なければわからない、というのがこの編集の仕事の面白いところです。ですから、自分の意見も人の意見も「話半分」と思ったほうがいい、というのが最近の心境です。

 話題をもとに戻しましょう。それでは、今回のアンケートを読んだときの自分の反応はどうだったか、と言えば、とにかく「圧倒された」ということに尽きます。読者アンケートでいちばん強い印象が残ったのは、手書きの文字で伝えられるメッセージの強さでした。現在、著者とのやりとりは圧倒的にEメールが多くなりましたし、原稿用紙に手書きの原稿はほんとうに少数派になってしまいました。生の手書き文字をまとまった量で読むのは、編集者にとって稀な経験になりつつあります。そのような昨今の状況のなかでアンケートにびっしりと書き込まれた手書きの文字は強烈な印象がありました。そして封筒を切り取り、糊ではりつける手作業の跡にも、なんともいえないリアルなものがありました。

 名前も住所も記されている。しかしその人がどういう方なのかは具体的には見えない。ところがその回答をひとつひとつ追っていくと、顔の見えない読者の、その人からしか漂ってこないであろう雰囲気が立ちのぼってくるのです。お会いしたことのないはずの読者ばかりですから、立ちのぼってくるものはぼんやりしたイメージにしかなりそうにもないのに、どこかとても具体的で、その人の声や喋り方の感じが聞こえてきそうな印象なのです。やはり手書きの文字の威力でしょうか。これは想像以上のことでした。

 なかには厳しい意見を書いていた方もいましたが、反発を覚えることはなく「そうか、そう感じる方もいるのだな」と素直に耳を傾けている自分がいました。「考える人」という雑誌の独自性を評価してくださりつつも、将来性に不安を覚えられるのか、「このままの姿勢で頑張って持続してください」という言葉が多かったことにも感慨を覚えました。やはり一冊1400円という安くない定価の雑誌を買ってくださる読者の声というものは、そのまま抵抗なく自分のなかに届いてくるのかもしれません。

 自由回答について少し触れておきます。「今あなたがもっとも関心を持っていることは何でしょうか? どんなことでも結構です。ご自由にお書きください」という質問については、あるカテゴリーで括って集計すると、1位が「文学、詩、読書」、2位が「老後、年金、福祉」という結果になりました。「考える人」は文芸雑誌ではありませんが、どこか文芸の匂いが漂うのでしょうか? 文芸指向の強い読者が多いのかもしれないという印象を受けました。

 私のなかで不思議とリアルな印象を残したのは、何人かの方が「関心を持っていること」のなかに、「人間関係」、「人づきあい」、「個と集団について」、「心の平安」、「自分の心のなかについて」、「人と人のつながりについて」といった、心や人間関係について挙げていたことでした。それぞれの方が、それぞれの個人史のなかで、あるいはたった今の気持ちのなかで、切実な問題として書かれているような気配なのです。関心を持つにいたった個々の具体的な事柄はもちろん見えてはこないのですが、何かひしひしと伝わるものがありました。「考える人」の手書きの読者アンケートでなければ、なかなか浮かんでくることのなかった回答ではないか、とも感じました。

 私自身がその回答に反応し響くものを持っていたから、ということもあるでしょう。人間関係や心の問題は、日々その人の行動や考えを左右する「見えざる大きな手」のようなものです。今の世の中の動きのなかでは、なかなか拾い上げることの難しい個々人の「こころ」の問題や「人と人との関係」の問題それ自体、数値化することのできない世界です。言語化することすら容易なことではありません。しかしだからこそ、それらの問題は今、目に見えないまま大きくなってきているのではないか、と感じました。言語化され情報化され経済システムに収斂していく物事からこぼれ落ちていくもの。ひょっとすると、文芸全般としてもくくられる第一位となった関心事も、このことに繋がっているのではないか、と思えてきます。

 雑誌の具体的な編集内容に、すぐ直結できるような生やさしいものではありませんが、今回のアンケートで不思議と私のなかに響き残ったのはこのことでした。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)