┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ 林光さんのこと┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 作曲家・林光さんの音楽を初めて聴いたのはNHKのラジオドラマでした。1963年に放送された「都会の二つの顔」という作品です。私自身がこのラジオドラマを聴いたのは1963年当時ではなく、たぶんその十数年後の再放送だったと思います。「都会の二つの顔」はいくつかの賞に輝いた名作でした。演出を担当したのはNHKの佐々木昭一郎氏。1980年にはテレビドラマ「四季・ユートピアノ」を発表し、さらに大きな話題を呼ぶことになる、映像作家です。その佐々木氏の初期のラジオドラマの名作が「都会の二つの顔」というわけです。音楽を担当していたのが作曲家の林光さんでした。

 このラジオドラマは、女優志望の若い女性と若い男性の魚屋さんが、実際に素の自分のままで登場します。スタッフの導きで、ふたりはボーリング場で出会い、近づきます。少しずつやりとりが始まって、デートのようなデートでないようなやりとりがあって、そして魚河岸でふたりが別れるまでの一日をライブで録音したドキュメンタリードラマでした。ドラマといっても台本はほとんど無く、ふたりがアドリブでセリフを言い合うという、当時としてはかなり斬新な手法でした。ラジオドラマとしてはちょっと特殊なこの設定を、まずは視聴者に理解してもらうため、ふたりが登場する前、スタジオで簡潔かつ丁寧に状況を説明する案内役を務めていたのが林光さんでした。「都会の二つの顔」のシンプルなピアノによるテーマ曲も林光さんが作曲し、自ら弾いていました。

 若いふたりの何かが、少しぎこちなく、あたたかく触れあう話の可憐な展開ぶりはもちろんですが、私は林光さんのシンプルなピアノ曲にも強く惹かれました。たった一度聴いただけなのに、いまでもそのメロディーを口ずさむことができるほど、林光さんが生み出した旋律は耳に残りました。そして、なんとも自然で人に警戒心を抱かせない口調のナレーション。耳の底に柔らかく着地する声のトーンを聴くだけで、この人は情に篤く、ユーモアがあり、知性もあるに違いないと直感しました。林さんは1931年生まれですから、放送当時は32歳。うーん、若い。それなのにあんな落ち着いた声で話し、あんな素晴らしい曲を書いていたとは!

 その林光さんのコンサートに先日行ってきました。新潮社から歩いて五分のところに新しく出来た「theatre iwato」(シアター・イワト)のオープニング・コンサート・シリーズの一夜でした。林光さんのピアノをライブで聴くことができると聞けば、駆けつけないわけにいきません。定員120人の小さな劇場は、新宿区岩戸町にあります。劇場の名前はこの町名と「天の岩戸」にちなんで付けられたのでしょう。もともとは倉庫だったらしいのですが、階段状の座席から舞台を見下ろすと、どこか昔の早稲田小劇場を思い起こさせる、懐かしい空気を漂わせたわくわくするような空間です。

 林光さんのコンサートは三部構成でした。第一部はハ長調の曲ばかりを集めた選曲で、バッハ、ドビュッシー、バルトーク、ショスタコーヴィチ、そして林光作曲のピアノ曲を、第二部はブレヒトや林光作曲による歌の弾き語り。第三部はバッハの「無伴奏バイオリンソナタ」から「シャコンヌ」をピアノのために林光さんが編曲したものの独奏。七十歳を過ぎた林光さんは黒いシャツに黒いパンツ、胸には赤いポケットチーフでさっそうと登場し、軽快にピアノを弾き、そして曲と曲のあいまにいろいろなおしゃべりをします。このおしゃべりの面白さをどう説明すればいいでしょう。ラジオドラマ「都会の二つの顔」のナレーションを林光さんに頼んだのは演出の佐々木昭一郎氏だったに違いありませんが、その頃から林光さんの語りは、誰もが耳をピンと立てたくなるような魅力をいっぱい持っていたのだと思います。それから四十年以上の歳月が過ぎて、林光さんの語りはさらに輝きを増し、私たち聴衆は林光さんのピアノの音と語られる言葉のひとつひとつにかじりつくように耳をそばだてていました。何度声を立てて笑ったでしょうか。私たち聴衆は林光さんのおしゃべりとピアノにすっかり魅了されていました。

 そして、林光さんの歌の素晴らしさ! うまい、へた、で半分に分ければ間違いなくへたに入る林光さんの歌は、しかし歌の核心にあるものをまっすぐに伝える希有な輝きを持っています。歌のうまい、へたなんて、林光さんの歌の前ではほとんど何の意味もなさない。そう思わせる真情あふるる歌なのです。子どもの心と夢を伝える歌、せつない恋の歌、戦争のおろかさを軽快に吹き飛ばす歌……どんな歌であっても、無用な虚飾を排した裸のままの心が息づいている。林光さんが歌うと、歌詞のすべてが隅から隅まで明瞭に、陰影も深くこちらの心に届くのです。こんな歌、聴いたことがない……私は途中で何度も目頭があつくなりそうでした。そして何度も心の底から笑いました。私は完全に、林光さんにノックアウトされてしまったのです。

 音楽を言葉で伝えるのは難しい。この日のコンサートの感激は、どうやっても伝わらないような気がします。それだけ特別なものでした。もしご興味があれば、6月14日にも林光さんのコンサートが開かれます(午後7時開演。千代田区いきいきプラザ一番町地下一階。カスケードホール。全自由席3500円。問い合わせ先:ムジカ音楽・教育・文化研究所 電話03-3356-5713)。タイトルは「私のピアノ放浪記・首都篇 どのようにして私はピアノを弾くようになったか」(もうこのタイトルを読むだけでムズムズしてきます)。ぜひいらしてみてください。私が「言葉で伝えられない」と言った理由をきっとおわかりいただけるはずです。

 そして、出来たばかりの「theatre iwato」にご興味のある方は、下記のホームページがあります。http://www.theatre-iwato.com/ 今回は特別だったのかもしれませんが、コンサートの休憩時間には、全員にグラスでトルコ産のワインがふるまわれました。お酒が飲めない人(実は私も)にはぶどうのジュースも用意されていました。会場の外に出て、道ばたに佇んで飲んだやはりトルコ産のぶどうジュースの濃厚でおいしかったこと!

 林光さんのコンサートは二度、三度とアンコールが続きました。そして「もうこれでおしまい」という合図に、林光さんは片手でぱたんとピアノの鍵盤のふたをして、にこりと笑いました。ああ、なんて格好いい人なんだろう。

 そして最後に、もうひとつ別の話。ラジオドラマ「都会の二つの顔」に出演した、当時文学座付属演劇研究所に通っていた女優の卵というのは、実は無名時代の宮本信子さんなのでした。ころころと屈託なく笑う北海道出身の宮本信子さんは、まだ伊丹十三さんと結婚する以前の18歳。いまあらためて考えてみても、もし宮本さんの存在がなければ、 あのラジオドラマは数々の賞に輝くことはなかったのではないか、と思います。そして、伊丹さんはひょっとすると、このラジオドラマで宮本信子さんの存在を初めて知ったのではないか……と想像は次第にもくもくと入道雲のようにふくらんでいきます。ラジオドラマを聴いた人は、「この子はいったいどういう子なんだろう?」と誰しも強い興味を持ったはずだからです。佐々木昭一郎さんは、テレビドラマ時代にも、「四季・ユートピアノ」などに出演した中尾幸世さんという、役者ではない希有な才能を見つけだす不思議な眼力を持った人でもありました。

「都会の二つの顔」に続いて佐々木昭一郎氏が演出したラジオドラマには、寺山修司氏と共同でつくった「コメット・イケヤ」という名作もあります。これももう一度、ぜひ聴いてみたい。そして私がマーラーの交響曲第四番を特別に好きになったきっかけをつくったテレビドラマ「四季・ユートピアノ」もじつに懐かしい。もう一度、大きな画面ときれいな音響で見て、聴いてみたい。──林光さんのピアノが、私のなかにいろんなものを呼び覚ましてくれた、忘れがたい一夜となりました。あらためて、林光さんに脱帽、最敬礼。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)