この人はこんな風に音楽を聴いているんだ──人となりと照らし合わせて、やっぱりと頷いたり、ちょっと意外だったり。音楽をめぐっての嗜好は、食べ物の好みと同じように、その人のふだんはあまり表に出していない何かを伝えてくることがあります。「とっておきの音楽」と題するページでは、小説家の島田雅彦さん、恩田陸さんに原稿を寄せていただきました。

 島田雅彦さんは、「音を蓄える機械」と題する原稿を、このように始めています。

「我が家の一番音響効果の高い場所に置かれているのは、一九二七年ロンドンで作られたグラモフォン社製の蓄音機である。蓋には『His Master's Voice』のロゴと、首を傾げて、坐る犬のトレードマークがついている。蓄音機で再生された声を主人の肉声と聞き違え、従順な姿勢を取る犬はこの機械の宣伝に一役も二役も買った。確かに犬の耳にはかなり生々しい音だっただろう。私が買ったのは普及版で、神保町の蓄音機専門店梅屋で三十五万円の値がついていた」

 スピーカーから聞こえてくる歌手の声には体温を感じる、というこの蓄音機。島田さんの原稿を読めば、どのような仕組みで音が出るのかがなるほどとわかります。そして音量の調整や、針の種類の多様性、そして針を自作する話など、初めて知る事柄のなかに、島田さんが日常的に音楽を聴く姿勢が垣間見えてくるのです。

「子供の頃、レコードに針を落とすのが怖くてたまらなかった」と書く恩田陸さんは、子供の頃からピアノを習い、クラシック好きの父のもとで、「うまくならねばならぬ」という強迫観念と戦っていたそうです。そんな恩田さんを惹きつけてやまないのは、一九一七年ルーマニア生まれ、三十三歳で夭折した天才ピアニスト、ディヌ・リパッティ。恩田さんは「ディヌ・リパッティ」の原稿にこう書いています。

「何かの折に何気なく聴き始めてやめられなくなる。録音状況の悪いものばかりなのだが、その水際立ったエレガントなタッチを聴いたあとで、最近の素晴らしい録音で素晴らしいテクニックと言われるピアニストの演奏を聴くと、誰もが皆『がさつ』に聴こえてしまうのだ」

 音楽は不思議です。最高のオーディオ装置で、最高の録音のものを聴けば、最高の経験になるのか──いや、そうとは限らないのだ。ということを、島田さんと恩田さんの原稿は伝えてくれます。