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 1ミリの変化
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 しばらく前に、脳のMRI検査を受けて、自分の脳の輪切りの画像と、頭のなかをめぐっている血管の様子を見る機会がありました。自分の脳の画像を見るのは初めてでしたから新鮮でした。特に血管の画像は細い小さなツル植物が頭のなかでツルを伸ばして生きているようで、先端部が先に行けば行くほど血管はさらに細くなって、はかない感じがします。こんな細い血管が一カ所でも詰まってしまうと、脳梗塞となり、血流が届かなくなる部位で脳細胞が死んでしまうのです。ほんの1ミリ以下の範囲で起こる出来事が、大きなことを引き起こす。自分の脳の血管を見ていると、こんな細い血管が詰まらないで流れていることのほうが不思議なぐらいです。

 ときどき、カッと頭にくることがあります。それは、大声で罵倒されたり、殴られたり、という激しいやりとりの反応としてではなく、ほんのちょっとした言葉とか、言葉と言葉の間合いとか、微妙な表情の変化、がきっかけになることのほうが多いのではないか、と感じます。私の場合は大声で何かを言われるとかえって冷静になります。大声を出した人間を眺めて、どうしてこの人はこういう言い方をするのか、離れた場所から分析したくなってくるのです。殴られたことはありませんが、テレビドラマじゃあるまいし、殴られるや否や殴り返す自分というのはさらに想像ができません。もし殴られたりしたら、その前後のその人の表情の変化などをじっと見ているでしょう。それならば私はいつでも冷静沈着なのかといえば、そうではありません。他の人なら気づかなかったり、笑ってやり過ごせるようなことでも、ムッとしたり、頭に来る、というのはしばしばあります。けっこう「おこりんぼ」です。

 たまに無性に食べたくなるものに、担々麺があります。ゴマのスープに辛みがたっぷりとあって甘辛くした挽肉がのっている麺です。会社から歩いて十分ぐらいのところにある中華料理屋でいつも食べるのですが、数ヶ月前に行ったとき、味が変わっていました。どこがどうとうまく指摘できないのですが、一言で言えば「力のない味」に落ちてしまった。会計するときに遠慮なくその感想を言っている最中に、厨房の方がたまたま外に出てきたのですが、片腕に痛々しく包帯を巻いているのがわかりました。味が違ってくるのも道理でした。味加減は、ほんの少しの差だったのでしょうが、食べ慣れた舌にはその小さな変化ははっきりととらえられるのだと思います。

 あとで振り返ると、何かが大きく動いたとき、変わったときというのは、目に見えて大きな曲り角があった後というよりも、一見しただけではわからない、ほんのわずかな緩やかなカーブ、あるいはブレとかズレのようなものから始まっていた、という場合があるのではないでしょうか。道に落ちていた小さな石が、前を行く車に跳ね上げられてフロントガラスに当たり、小さなヒビが入る。その小さなヒビに気を取られハンドルを握る手許が狂い、大事故につながることもあるでしょう。私の知り合いは、ほんの少しだけ窓を開けて車を運転していたら、そのわずかな隙から小さなアブが車内に入ってきて、その動きに気をとられて、あっという間に車ごと崖から落ちてしまい、九死に一生を得た、という人もいます。無垢の木のテーブルにいつか入ってしまった小さなヒビがあり、寒い冬の空気がカラカラに乾燥した夜中、そのヒビから大きな音をたてて割け目が広がる。そんなこともあります。

 以前、「考える人」はごろりと横になって読むにはちょっと重い、という話を書きました。場合によっては本文紙を替えて、軽いものにし、全体の重さをもう少し軽くすることを検討中です、と書いたのですが、あの後、四種類の紙を実際に印刷して検討したところ、やはり再現性、可読性などすべての条件を満たすには、現在の紙がいちばん適しているということを再確認する結果になりました。軽い紙は、写真やイラストレーションがどうしてもぼんやりとしてしまい、クオリティーが下がる感じが否めなかったのです。ですので、紙はいままで通りの、軽い紙よりはちょっとお値段も高いものを、継続して使っています。

 最新号は、これまでの14冊のなかで、いちばん頁数があります。前号は240頁でしたが、今号は280頁。40頁も増えてしまいました。どうしても掲載したい対談がふたつもあったり、小林秀雄賞の発表頁があったり、いくつかの理由があります。それぞれどうしてもこの号に載せたいものばかりでした。紙も替えていないので、手にとっていただくと、かなり持ち重りがするはずです。雑誌の厚みも約2ミリ増えます。毎号買ってくださっている読者の方は、特にお伝えしなくとも、手に持った瞬間に「あれ?」とか「お!」と感じられるに違いない変化です。

 定価は同じですから、読者の皆様にとっては「お買い得」です。とはいえ、なんだか重いなあ──というような、どこか説明しがたい気分に襲われる方もいらっしゃるかもしれず、そうだとしたら困るな……校了になる頃から、分厚くなることの長短について、ひとりでぶつぶつと呟くように考えています。そんなことをいちいち細かく気にするのが私の性格なのです。

 脳の検査の説明を聞いた後で、医師に自分の脳を写したMRI画像のフィルムはどうなるのかを尋ねました。「三ヶ月は病院で保管します。三ヶ月を過ぎると病院の他にある保管場所に移されますね。それからしばらく時間が経つと破棄されることになります」「破棄されるんですか? じゃあその時に、フィルムをいただくことはできますか?」私は思わず膝を乗り出していたはずです。「……いや、それはできませんねえ(笑)」そんなこと聞いてくる患者なんていないのでしょうか、真面目そうな若い医師は、それまで見せなかった笑顔で私を見て、目をぱちぱちしていました。私はおそらくこれで二度とお目にかかれないかもしれぬ、くるくるとツル植物のように伸びている細い血管の姿を、名残惜しく見ていました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)