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 雨のせい、秋のせい
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 秋雨が続いています。昨日今日と珍しくカラリと晴れましたが、週末はふたたび雨模様に逆戻りする気配です。日もだいぶ短くなってきました。夕方、暗く湿った雨の匂いに包まれると、全身の毛穴から寂しいものがしみ込んでくるような気がします。激しい雨ならまた別の種類の感情に襲われるのでしょう。秋雨は音もなく雨粒が細かくて、油断がなりません。傘をさしていても気がつけば胸元は霧を吹きかけられたようにびっしりと濡れていたりします。武田泰淳に『秋風秋雨人を愁殺す』という小説がありましたが、秋の寂しさには格別なものがあります。

 編集部の同世代の女性編集者は「日が短くなってくると寂しい。秋はあんまり好きじゃない」と言います。私の周囲の女性で秋が苦手という人が意外と多い、と気づいたのは実はこの2、3年のことでした。秋は「食欲の秋」「読書の秋」「行楽の秋」、誰もが楽しみにしている季節なのかと思っていました。女性にとってはファッションを楽しむ季節でもあるはず。ところが必ずしも秋は万人にとって歓迎すべき季節でもないようです。若いときには気づかぬまま、40代になって初めて知らされた意外な事実でした。秋冬好きの私は、黙って耳を傾けるしかありません。

 12月生まれのせいか私は冬が大好きです。ですから冬に向かう道すがらの秋はメインディッシュを楽しみに待つ「前菜」のようなもの。さらに言えば「戌年」なので、「犬はよろこび、庭駆け回り……」で目に見えぬしっぽがにょきにょきと生えてくるのが秋です。秋の匂いが満ちてくると、そのしっぽを激しく左右に振りたい気持ち。秋に含まれる寂しさを認めるのはやぶさかではありませんが、その寂しさも私にとっては、冬に向かうワクワクする気分の隠し味の役割を担っています。

 ではありますが、問題は雨です。冷たい雨が降ると、運動会が順延され、洗濯物も乾かず、風邪もひいてしまいます。傘をさしてでかけるのにも、エイヤっという気迫が必要です。そして私たち編集者にとっては「雨が降ると本が売れない」という嬉しくない連想も浮かびます。自分の編集した雑誌や本が「この雨模様じゃ売れないかも……」と思い始めると、「隠し味」だの「ワクワク」だの言ってられません。「頼むから晴れてくれ」と心のなかで両手を合わせて祈る事態になってきます。

 発売日は、とりわけ天気が気になります。出ばなを挫かれたくないという気持ち。私自身も、雨の日にそれほど積極的に本屋さんに行こうとは思いません。本を手にしてパラパラとページをめくったりするときに片手に傘があるのが煩わしいですし、まあそんなことはないのでしょうが、本屋さんからの帰り道で大切な本が濡れてしまう気もして、雨は本にとっては避けたい天候です。

 そして、「ドイツ人の賢い暮らし」を特集した「考える人」の最新号が書店の店頭に並ぶ頃、関東近県は毎日のように雨模様でした。発売直後に、雑誌販売のT氏が微妙な顔をして実売データの紙を持って来ました。彼は売れていても売れていなくてもその微妙な表情に見分けがつかないので、「ん? どっちだ?」と思います。手渡しながらのT氏のセリフ「……出足、いまいちですね」。

私「うーん……そうか。でもさ、発売日は一日中雨だったでしょ? 嫌だなーと思ってたんだ」T氏「みなさん、そうおっしゃるんです。『雨だから売れない』って。じゃあ晴れたらどうなのか、ということになると、今度の週末は三日連休でしょ? そうすると『天気が良かったからみんなどこかにでかけちゃって本屋には行かなかったんだ』って言うんです」私「……」T氏「天気がぜんぜん関係ないとはいいませんけどね」私「あのね、秋っていうのが謎なんだ」T氏「秋?」私「『考える人』の秋号って、これで四回目でしょ。秋に出た四号、いずれも大成功だったのはないんですよ。この『秋』に問題があるんじゃないか、というのがぼくの仮説」T氏「(笑)」私「この前、Tさん、発売前の会議に出なかったでしょ。あの時に雑誌のFさんに『今までずっと秋の号がいまいちだったのが謎だ』って言ったの。『読書の秋』なのになぜ売れないのかって。そうしたらね、Fさん『それはね松家くん、もともと秋は本が売れなかったから“読書の秋”って宣伝するようになったんだよ』って爽やかに言うんだよね」T氏「ほう」私「知らなかったな、『読書の秋』の舞台裏」T氏「そうですね」

 発売から4日目にスタートした連休は三日間のうち二日間が雨でした。娘の運動会も順延となり、いろいろ私も浮かない気分でした。見えないしっぽもうなだれています。編集者にもいろいろタイプはあると思いますが、私は「じゃ次いこう。済んだものは済んだもの」と気分転換できないタイプ、ぐずぐず考えるたちです。そして休み明けの火曜日、机の上に発売4日目の数字が置いてありました。あ……おお! 数字が好転してる。発売日には低調だった数字がピンと跳ね上がっています。一度見れば同じ数字なのに、何度も飽かずに眺めてしまいます。尾てい骨もむずむずします。T氏に電話しなくては。ところが彼は出かけていて不在。そしてさらに翌日。7日目の数字はまた上向きです。なんと、好調だった「考える仏教」特集の号よりも数字が上回っている。

 雨や秋のせいにしてみたり、通常号よりも2ミリも分厚くなったことを考えたりしていた三日連休が遠い過去に思えます。自分のつくったものに自信があっても、やはり数字に左右されてしまう自分が、呆れるほどいつもどおりです。編集者に「孤高の」という形容は似つかわしくありません。

 雨にもかかわらず、あるいは秋の寂しさに負けず、書店に足を運んでくださった方、ほんとうにありがとうございました(激しくしっぽを振る)。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)