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 原稿と漏電
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「考える人」は編集部員も原稿を書くページが少なからずあります。どなたかにインタビューをしてまとめたり、広告ページの原稿を書いたり、連載「考える手」の記事なども編集部原稿です。部員にもよりますが、書くのは会社ではなく自宅に持ち帰って、というパターンが多いようです。会社にいると原稿など書いていられないからです。電話連絡、ゲラ整理、会議、デザイナーとの打ち合わせ、メールチェック、広告コピーを書いたり直したり、入稿作業、そして部員との無駄話(これがけっこう重要)……と落ち着いてコンピュータに向かう時間がとれません。

 自宅なら集中できるかといえば、実はそうでもない。私の場合は特に集中力がないので、席についてたった五分でお茶を淹れに行くこともありますし、「どうしても眠いから十五分たったら起こしてくれる?」と、リビングの同じテーブルで宿題をやっている娘に声をかけてソファにごろり、たちまちイビキ、というパターンも多々あります。というような塩梅で平日と土日が過ぎてゆくと、校了の二週間ぐらい前から「あー、こんなことだったら早くやっておけばよかった」と、片付けなければならない原稿を二週連続で土日を潰して書く、という事態がやってきます。

 この前の日曜日も、進行スケジュールにしたがえば二週間前に終えているはずだった特集の最後の原稿を書いていました(このメールマガジンを連載陣の方々が読んでいないことを祈ります)。何人かの方にインタビューをしたものを中心に書く原稿だったのですが、第一次大戦の頃の話も出てくるので、資料にあたっているうちに、本だのコピーだのがどんどん集まってきて(資料を集めるのは必要にかられての部分と、とりあえず原稿を書くことを少しでも先送りにしたい心理作用の両方があると睨んでいます)、リビングのテーブルの上はそれらがごちゃごちゃに折り重なって収拾がつかない状態。「ここからこっちは、パパのスペースだからね!」と、やはり隣で勉強をしている娘に醜い主張をして、さすがに目もつり上がり始めていました。

 夕ご飯の前までには予定の半分までたどりつくはずだったのに、だいぶ日が傾いてきても原稿は行きつ戻りつで全体の十分の一にも届いていない。あー、どうしよう、インタビュー先には「月曜日には原稿をファクスしますので」なんて軽々しく言ってしまった自分が情けない。眠くてしようがないけどさすがに「また十五分眠るぞ」なんて恥ずかしくていえないしなあ……と思った瞬間、パッと目の前が暗くなりました。ブレーカーが落ちたようです。おかしいなあ、洗濯機が回っているわけじゃないし、電気はそんなに使っていないのに。

 ブレーカーを上げてみても三秒ぐらいでまたパチンとブレーカーが落ちます。二度、三度やっても同じ。漏電かもしれない。どこから漏れてるんだ? 5時を過ぎていましたからリビングはだいぶ暗い。テーブルの上のノートパソコンは充電池に自動的に切り替わったらしく画面だけ白々とついています。東京電力に電話しなきゃ、と受話器を手に取ったら電話まで死んでいる。電話って停電になったらつながらないんだっけ? 昔のダイヤル式の電話にはコンセントなんかついてなかったはずだけどなあ、とまた文化系丸出しの呟きが頭のなかに浮かびます。

 携帯で東京電力に電話をし、部屋にはろうそくを数本灯して、工事の人が来るのをじっと待ちます。春であっても日暮れ時は「つるべ落とし」。部屋はみるみる暗くなり、パソコン画面はまぶしいぐらいよく見えても手元の資料はまったく読めません。待つこと約三十分。コンコンコンコン! インターフォンも死んでいるので、東京電力の人は玄関ドアを強く叩きます。ドアを開けると、二十代後半ぐらいの白皙の青年が肩から機材を提げて立っていました。

 ヘッドライトをなぜか頭にはつけず口に加えて配電盤を開け、漏電チェックのテスターを両手に持って、配電盤のスイッチ部分にある端末(?)のひとつひとつにテスターを差し込んでは、漏電チェック機(?)本体の小さな液晶画面を見下ろし何やらチェックしています。昔の電話交換台の交換手の作業みたいな感じ。「えーとですね、調べましたらですね、キッチンと玄関、一階トイレ、洗濯スペースのどこかで漏電してます」と、さわやかな断定。この感じなら早期解決、と思いました。

 冷蔵庫、洗濯機、ガスレンジ、トイレ(のウォシュレット)、玄関の外灯、そのエリアにある壁のコンセントまでひとつひとつチェックします。冷蔵庫のコンセントはそんなとこに付いてるのか、ガスレンジのコンセントはここを外して腕を奥まで突っ込まないと届かないんだな、と思いながら作業の邪魔にならない程度に近くで見ていると、電化製品の成り立ちを日頃はまったく意識しないでいるのを実感します。しかし作業している白皙の青年からは、ときどき小さなうめき声が聞こえてくる。え? あんまりかんばしくないの?

「うーん、わからないですね。電化製品のどこかで漏電していると思ったんですが、そうじゃないみたいです。家の配線をチェックしてもらわないと駄目かもしれません。その場合はこのお宅を建てられた際の電気屋さんにチェックしていただいて、直していただくしかないんです。コンセントや電化製品ならこちらでもできるのですが……」とややすまなそうに、しかしどこか毅然として、暗いキッチンのなかで私に宣告します。「え? 直らないの?」リビングにはすでに電気が点いていますが、キッチンまわり、玄関まわりは駄目なので、つまり給湯もお風呂もガスコンロも全部使えない。これは困った。

 万策尽きたかと思ったところ、たった一箇所だけチェックしていなかったところが発見されました。道路から玄関まで続くアプローチにあるフットライトです。コンクリートの外壁に二箇所並んで付いているやつ。足元を照らすライト。白皙の青年はすぐに調べに行き、笑顔で戻ってきました。「わかりました。なかに水が溜まってるのが見えました」。青年がカバーを外すと、小さなペットボトル一本分ぐらいの雨水がざざーっと流れ出しました。なんだ、こんなところが漏電していたのか。でもどうしてこんなに水がたくさん。

 戸外のフットライトですから防水は万全のはずなのに、よくもまあ、こんなにため込んだもんだという水の量でした。水が入らないようになっている分だけ、いったん水が入り込むと出て行きにくいのか? いずれにしても漏電箇所がわかったのでひと安心です。白皙の青年も応急処置を終えると晴れやかな顔に戻って、次の現場に向かいます。「漏電ってけっこうあるんですか?」「ありますね」「どこが漏電しているか最後までわからないこともあるの?」「そうですね。家電製品の漏電ならすぐ特定できるんですが、配線部分で漏電しているとすぐには分からないことも多いんです……それではこれで失礼します」

 特集の原稿は結局、日曜日中には完成しませんでした。印刷所に入れたのは実は昨晩遅く、日付も替わっていました。次回からはこんなことにならないように、なんとかしなくては。毎回思うことは同じなのですから、学ばないことおびただしい。原稿を入れてしまうともう気持ちはどこか「ソファでごろりとしたい」モードです。今日はこれから最後の仕事、次号予告の原稿を書いて、夜からは校了作業に突入です。4月4日の発売まであと約二週間となりました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)