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 別館こわい
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 前回お伝えしたように、この4月から「芸術新潮」の編集も担当することになりました。会社に「考える人」用の机と「芸術新潮」用の机がふたつある、という勤務態勢がスタートしたわけです。ちなみにパソコンも電話も二つずつ。ふだん使う辞書類も芸術新潮用に新たに買い足しました。その他、お茶用のマイ・ポット、マイ・カップ、歯ブラシ・セット、置き傘、ハンコ、のど飴、目薬、ティッシュ・ボックス……これらもぜんぶ取りそろえることになりました。

 それぞれの編集部が同じビルの同じフロアにあれば、これらの「お仕事セット」をもうひとつ別に用意する必要もなかったのですが、いかんせん、「考える人」は新潮社の本館ビル3階に、「芸術新潮」は別館ビル3階にあるため、そして本館と別館はクルマの行き交う「牛込中央通り」で隔てられているため、ビルを行き来するにはいったん階段を下り、外に出てから横断歩道を渡って、「向こう岸」に行かねばならないのです。

 本館と別館がどのような役割分担になっているかと言うと、編集部サイドから見れば明快です。本館は単行本、文庫本、新書、選書、とんぼの本、などの書籍の編集部が集まっており、別館は週刊新潮、小説新潮、新潮、新潮45、foresight、旅、そして芸術新潮の各雑誌編集部が集まっています。本館は書籍、別館は雑誌、というわけです。これも以前にお伝えしたとおり、「考える人」は出版部のスタッフを中心に兼任体制で編集しているため、別館ではなく本館が本拠地、という雑誌としては例外的な存在なのです(PR誌の「波」も同じく出版部系の兼任編集者でつくっているので、本館で編集しています)。

 私の二十数年の編集者生活を大雑把に分ければ、前半が雑誌時代、後半が単行本時代、ということになります。そして雑誌時代に何がいちばん辛かったかといえば、やはり深夜残業と休日出勤のふたつに集約されるでしょうか。特に校了期間になると夜中の12時1時は当たり前、明け方まで入稿、校了作業をして、帰宅するときには朝の通勤途上の会社員の群れと反対方向へと遡上することも珍しくありません。頭は半分しびれた感じで家にたどり着けば、シャワーを浴びる気力もわかず、薄汚れた感じのままベッドに倒れ込んでも、頭は妙に冴え冴えとしてしまってなかなか寝付けない。同僚とつまらない冗談を言って笑ったりする気晴らしやへとへと作業を通じての連帯感がなければ、とてもやっていられない日々です。休日出勤も多く、だからといって代休はあまり取れず、雑誌は面白いけど労働環境は劣悪、というのが十年以上雑誌を経験した末の結論でした。

 まあしかし、出版部に移ってからも、性懲りもなく何冊もムックを編集したり、季刊誌を創刊したりしているわけですから、切るに切れない雑誌の生理みたいなものが身や心に染み着いてしまっているのかもしれません。それでも深夜残業や休日出勤は「もう絶対イヤ!」と思い、「考える人」は休日出勤は原則としてやらない、深夜残業もなるべくしない、という方針で取り組んできました。結論から言えば、校了間際の深夜残業だけはどうしても「撃退」できませんでしたが、しかし遅くなってもせいぜい1時ぐらいには終わるようになり、朝の帰宅という事態はなくなった。休日出勤については、やむを得ない取材を除けば、入稿、校了のために出勤するということはなくなりました(しかし、印刷所は土曜日も動いていますから、金曜日の深夜、大日本印刷の夜間受付に入稿原稿のどっさり入った袋を届けた日などは、翌日休日出勤する営業担当の方の顔が頭に浮かび、「申し訳ない」と心のなかで手を合わせることになります)。

 今これを書いているのは「芸術新潮」の机のパソコンです。日付はしばらく前に変わりました(つまり今は深夜)。出勤してからすでに14時間以上が経過しています。今週の前半は朝4時までいましたから、そんな日は出勤してから18時間。うーむ、こんなはずじゃなかったのに。「松家は朝型編集者」という風評は別館にも行き渡っていたらしく、「芸術新潮」の編集部員は12時を過ぎる頃から「松家さん、大丈夫ですか?」と遠慮したような笑顔で聞いてきます。深夜、他の編集部の旧知の仲間と廊下ですれ違うと、一瞬驚いた顔になり、しかしすぐにうれしそうな笑顔に変わりました。「ふふふふ、やってますね。松家さんもついにこの世界に帰ってきたか。なんだかうれしいな。ははははは」

 悪魔のささやきにはのらないぞ、と思いながら編集部に戻ると、デザイナーのチェックが戻ってくるのを待つあいだ、編集部のソファでコーヒーを淹れて出張土産のお菓子をぽりぽり食べながらなんだか楽しげに話している部員がいたり、ほんとうは泣きたいほど忙しいはずの特集班が向こうのワークデスクで笑い転げていたりする。「考える人」の編集部では、「自分の仕事が終わったらさっさと帰るべし」ということにしているので、校了期間中であっても編集部は閑散としていますから、こういう雰囲気になるとしたら編集部員の多い昼間です。だから異様に盛り上がる、という感じにはならず、どこかサッパリしています。芸術新潮のこのちょっと濃厚な親密さは、私にとって十年ぶりぐらいで味わう雑誌編集部ならではのもの。久しぶりに田舎に帰ったような、古い懐かしい温泉の湯気にあたったような……いやいや、そう思ってしまったら負けだ。

 10メートルぐらい離れたついたての向こうの「特集班スペース」から聞こえてくるのは、次号の特集「はじめての武満徹」の、すでに締め切りを4日過ぎた原稿を粘りに粘って書いている編集者のキーボードをたたく音です。コーヒーのかおりも消え、デザイナーが最後の校正紙を届けに来てくれた12時以降笑い声も聞こえなくなり、編集者もぽつりぽつりと帰宅して、ついに二人だけになってしまいました。いつしか包まれるようになっていたその静寂のなかで、キーボードの音だけが聞こえています。かた、かたかたかた、かたかた、と乾いた音が鳴り響くのを聞いていると、突然「鶴の恩返し」を連想します。締め切り日を過ぎた月曜日あたりから、ついたての向こう側からは、なんとなく神聖な、犯しがたい雰囲気がたちのぼってきています。「ねえ、まだかなあ、原稿の様子どうなの?」とは気楽に覗き込めない感じ。覗き込んで声をかけたら、「見たなー」と振り返る、動物化した同僚の顔。まさか。そんな怪しい雰囲気のなか、夜はさらに更けていきます。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)