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 打ち上げ
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 本が刊行された後に、作家と編集者で「打ち上げ」をすることがあります。無事に本が完成したことを機に、「おめでとうございます」「ごくろうさま」と会食をともにするのが「打ち上げ」。「考える人」のような雑誌の場合は、「打ち上げ」はあまりやりません(いやもちろん、校了後に個人的に声をかけあって飲みに行くのは別の話)。週刊誌が毎週「打ち上げ」をするはずもなく、月刊誌の場合でも臨時増刊を出した後にやるかどうか、だと思います。

 そう言えば十年ぐらい前でしょうか、新潮社のある月刊誌でカラオケが大ブームになり、校了が明けるたびに毎月カラオケに繰り出して、校了でへとへとになっているにちがいないのに明け方近くまで歌いまくる「打ち上げ」をし、密かな注目を浴びていたことがありました。ふだんはあんなに大人しそうなのに、カラオケのマイクをつかんだら人格が変わったように歌い続けるんだよね、などという話をその編集部の友人からきくと、なんだかこっちまでうれしくなってくるのでした(残念ながら? 今はその恒例行事は消滅したそうです)。

 先週の金曜日、「考える人」編集部と、「新潮選書」編集部が合同で、歓送迎会と打ち上げをかねた宴会を開きました。ひょっとすると一年以上ご無沙汰していた宴会だったかもしれません。編集部ばかりではなく、校了期間かなり無理なスケジュールを乗り切ってくれた校閲部の担当の方や、最終的なしわ寄せ地点で泣かされる印刷所の営業担当の人、いつもたったひとりで全ページのデザインを担当している島田隆さんなど、日頃からいろいろとお世話になり、ご迷惑をおかけしている方々もゲストにお招きして、新宿のレバノン料理屋で宴会を開いたのです。

 幹事は、次の次の号(つまり10月4日発売の号ですが)の取材でエジプトとシリア、レバノンに出張することになっているSさん。Sさんはなぜか中近東のあれやこれやについて非常に詳しく、実際に何度となく旅をしている「地球の歩き方」系編集者。打ち上げの担当になったからには普通の和食屋やレストランではなく、面白いところでやってやろうと知恵を絞ったようです。そして決まったのがレバノン料理。しかし間際になってSさんはぼやくことしきり。「あと二日で、毎日食べることになる料理をわざわざ選ぶんじゃなかった。しばらく食べられない和食にでもすればよかった」。しかし、初めて食べるレバノン料理はなかなか美味しく、参加者はみな上機嫌でした。レバノン産のワインも二本、三本、四本……と空いていきます。

 ビールやワインがまわってくると、顔の筋肉が微妙にゆるんで、口もだんだん軽くなり、笑い声やしゃべり声で場がわんわんとしてきます。座席とテーブルの塩梅がよかったのか、なぜか携帯をマイクに見立てて司会をつとめたSさんの明るい気配りが効いたのか、ふだんならとてもじゃないけど言わない(言えない)ような、仕事や仲間についてのあれやこれやの問題点の核心をずばりと指摘する、耳の痛い本音が次々と飛び出します。しかしそれは酔いがまわった明るいトーンの声なので、受ける方は笑ってごまかしつつ、しかし内心ではきちんと反省できる、絶妙なコミュニケーションとして成立しているのです。冗談と本音が飛び交うなかで、私も会社のメンバーで最近これほど笑ったことはなかったな、と思うほど盛り上がる宴会になっていきました。

 私は呑めないのでこの一次会で帰りましたが、二次会は印刷所のTさんが知っている六本木の(!)庶民的クラブに数名が繰り出すことになったそうです。さらに二時間以上もカラオケ大会になり、二日後にはエジプトに向かうSさんもギターの伴奏(をする真似?)を熱演、ネクタイをしていた人はおでこにネクタイを巻いて歌いまくった、という「テレビの画面で演じられる、会社員の宴会二次会の図」が再現されたようです。いったん点火されたものはきちんと発射され、軌道に乗ってしまったというわけです。

 宴会はこのようにうまくいくと、ほんとうに「打ち上げ」た花火やロケットのように、高い高いところまで飛んでいってしまうのですね(飛んでいけばやがて落ちてくる。二次会組がどれぐらいの二日酔いに悩まされたかは知りません)。いやしかし、呑めない私が言うのもなんですが、こういう宴会はやっぱりときどきは必要だなあ、としみじみ思った春の一夜でした。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)