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 星野さん
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 昨日から、松屋銀座で星野道夫展がスタートしました。何度となく繰り返し見てきた写真に加えて、今までに見たことのない未公開だった写真もふくまれており、そのどちらからも、星野道夫という人の視線をそのままたどることができます。他にはなんとも言葉の選びようもなく、感動をおぼえました。

 写真は不思議です。レンズの前にある風景や動物が、一瞬のシャッターの開閉で、フィルムに定着される。それは純粋に、光学レンズとフィルムのあいだでやりとりされる、瞬間の記録にすぎないはずなのに、写真には、撮影する人のものの見方や考え方、こころの動きまでもが、はっきりと写っている、と見える場合があるからです。

 星野さんは写真家だったのだろうかと、ときどきわからなくなることがあります。写真を撮る、ということが、星野さんのいちばんやりたかったことでは必ずしもなかったのではないか。写真が何かへのステップであったとか、写真という表現手段に飽き足らなかったとか、そういうことではありません。以前にこのメールマガジンで書いたことがあるかもしれませんが(そしてこの出来事は星野さんも著書のなかで書かれていることですが)、星野さんのアラスカ原野での撮影中の出来事に、その疑問に答えるものが含まれているのではないかと思います。

 星野さんがアラスカでいちばん多くの写真を撮っていたかもしれない対象は、野生動物のカリブーでした。アラスカ北極圏のツンドラを大群をつくって約1000キロも季節移動するカリブーは、何千年にもわたってこの季節移動を繰り返し、アラスカのネイティブの人々はそのカリブーの生態を知り尽くした上で、狩猟生活を営み、いまもなおその関係は続いています。

 カリブーの大群の季節移動は、毎年ほぼ同じようなルートに沿って行われます。したがって、そのルート上でカメラを構えて待っていれば、大群の通過を撮影することができるのです。しかし、いつそこを通過するかは、一週間や二週間のズレは必ずあり、予想はできません。気候条件はもちろん、大群全体に行き渡るなんらかの判断によって、移動のスタートや移動のスピードは日々刻々と変化するからです。

 星野さんはひたすら待つことのできる人でした。厳冬のマッキンレーの麓でオーロラの撮影をしたいと考えれば、凍傷はもちろん、生命の危険とも隣り合わせの一ヶ月近い単独のテント暮らしを辞さない人でした。カリブーの大群の通過を、ほぼあてもなく毎日待ち続けることなど、なかば楽しみであったにちがいありません。何冊かの本を読み、日誌をつけ、誰にも会うことのない原野での単調なテント暮らしで、星野さんはさまざまなことを思い、それらの思いは誰もいない場所で、後に芽を出す種のように、星野さんのなかに音もなく蒔かれていったことでしょう。

 そしてある日、遠くの地平線のかなたから、小さな点のようなものが少しずつ現れ始めます。小さな動く点は、こちらに向かってやって来ているのだ、ということがわかります。それらは次第にカリブーのシルエットをかたちどり、大地の左右の幅いっぱいに大きく広がって、迷いなく真っ直ぐに向かってくる。足音が聞こえてくるようになり、漠然と広がっていた原野の光景がにわかに騒がしくなり、野生の匂いまでもが星野さんのもとへと漂い、全身を包みます。

 星野さんはカメラを構えて、夢中でシャッターを切っていきます。カリブーは星野さんの姿を認めながら、逃げ出したり避けたりすることはありません。川の流れの小さな岩である星野さんを、無言で撫でるように、カリブーの大群は下流へと過ぎてゆきます。その大きな流れはしばらく途絶えることがありません。そして星野さんはカリブーの季節移動の大群のまっただなかに自分が包まれるという、言葉にはならない感覚に圧倒されながら、ついにカメラを足もとに置いてしまい、撮影をやめてしまいます。群れのなかにいる経験を全身の感覚で味わい、受け取ろうとしたのです。待ち続けていた最大のシャッターチャンスを生かすことを途中で放棄し、他の何ものかを選んでしまった。

 星野道夫という希有な存在を、「彼は写真家でした」と端的に説明することに、忸怩たる思いを抱くのは、このようなことを思い出すからです。もうひとつ思い出すことがあります。星野さんは短い期間日本に滞在しているときには、雑誌や単行本の編集作業に参加して、写真選びやレイアウト、原稿の校正などを泊まりがけでこなしていくことがありました。そんなときに、星野さんの希望と、出版社や事務所の希望とが必ずしも一致しないことがありました。そのズレのようなものは言葉を使って説明するしかないのですが、星野さんが心から納得できないとき、「それはどうしてですか?」と星野さんは問うのです。優しい柔らかい声なのですが、「どうしてですか?」という言葉はその質問の対象となった人をたじろがせるものがありました。それは小さな子どもが、大人にもうまく説明のできない根本的な疑問をなげかけてくるときの「どうして?」と同じ響きがありました。

 私たちは「どうして?」という根本的な疑問に真正面から向き合って、立ち止まってしまうことを、微妙に避けながら生きています。深く考えている暇はない。立ち止まっている暇はない。とにかく目の前のものをこなしていくこと。私たちの日常は、だからこそ前へ進んでいく。「どうしていまこの場で、自分は写真を撮っていなければならないのか」と思い、カメラを置いてしまうことができたのが、星野さんという人でした。星野さんはその意味において、写真家ではなかった。そう言ってみたい衝動に駆られます。それでは星野道夫という人は、いったいなんだったのか。

 星野さんが最後までまとめようとしなかった写真集の大きなテーマは、カリブーでした。「まだもう少し時間をください。撮り切れていないものがあるんです」と星野さんは何度かそう言いました。カリブーはそれほどまでに、最後まで星野さんにとって大きなテーマであったのです。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)