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 読めない
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 写真などの脇に添えられた、小さな文字で説明文がならんでいる部分を「キャプション」と言います。私がこれまで編集してきた雑誌では(「考える人」もそうです)、このキャプションの文字の大きさはだいたい9Q(Qというのは写真植字の大きさの単位です)。9Qと言われても、ピンとこない方のほうが多いでしょうね。ちなみに新潮社で刊行されている最近の単行本の文字の大きさはだいたい13Qぐらい。ということは、単行本の文字の70%弱の大きさが、キャプションの文字の大きさだということになるわけです。

 このキャプションの文字が、年末ぐらいから読むのがしんどくなってきました。いえ最初は気がつかなかったのです。なんだか疲れてるな。目がかすんできた。ぐらいに思っていました。ところが、何かの具合で眼鏡を外してもう一度見直してみたら、おや? 今度ははっきりと見えている。かすんでいない。なんだ、こうすれば読めるじゃないか。

 ようするに老眼のはじまりです。近くの小さな文字が読みにくいと思っていたら、印刷物を手元から少し遠くに離してみると見えてくる。眼鏡を外してみれば、さらによく見える。眼鏡をずりあげて、額の上あたりにひっかけたまま目を近づけて何かを読んでいる、というのは、中高年男性のしぐさとしてときどき目にします。「考える人」編集部でも、私と同世代のIさんがときどき眼鏡を額の上にあげてゲラを読んでいたりします。なんかちょっとシブい感じ。自分にとってもあのしぐさが現実のものになってきたのでした。

 近眼の人は老眼になるのが遅い、という俗説を聞いたことがあります。たしかに私のまわりで、ふだんは眼鏡をかけていなかった人が40歳を過ぎたあたりで老眼鏡だけ使っているのを見ることがあります。いやしかし、遠近両用の眼鏡が一般化したので、近眼の人は人知れず老眼までカバーすることもできるわけですから、近眼イコール老眼になるのが遅い、とは必ずしも言えませんね。

 文字を大きくすればいい、というのが嫌いでした。前にも書いたことですが、装幀の表紙カバーに無意味に大きな文字のタイトルがあったり(まれに大きな文字で見事なデザイン、という例外もありますが)、文庫の本文の組で文字のQ数が大きく、行間や字間が狭く、一行の文字数が異様に多いものを見ると(つまり、一頁にぎっしり、ところ狭しと大きな文字がひしめいている状態)、通勤時の満員電車みたいで、かえって「読むな」と言われているような、拡声器で大きな声を無理矢理に聞かされているような、何とも言えない不快を覚えることがあります。

 しかし、小さな文字がただ単に読めない、という物理的な問題が現れてくると、美しいか美しくないかという基準が最優先事項から一歩後退させられたような、拡声器の大きな声で「あんたの負け」と勝ち誇られたような、なんとも言えないくやしい状況に追いつめられたような気持ちになってきます。

 老眼が始まった去年の暮れ頃、敬愛する先輩編集者と、定年退職された営業部のAさんから「キャプションの文字が小さくて読めない」と直接、間接に伝えられてきてもいたのです。なんだか私の老眼を見抜かれたようなタイミングでした。そして先日「芸術新潮」の編集部で、40代後半を過ぎている二人の編集者にさりげなくキャプションが読めるかどうかを尋ねたら、「うーん読めないんだよね」「自分の担当頁以外は、はっきり言ってキャプション読みませんよ」と苦笑混じりのカミングアウトが。

 ところがです。その数日後に、写真選びをしていた30代の編集者二人に、「あのさ、キャプションのQ数を変えようと思うんだけど」と声をかけたところ、間髪を入れず「小さくするんですか?」という元気な反応が。聞けば、かつてキャプションの文字が小さくて読みにくいということになり、大きくしたことがあった、大きくしたばかりの頃はなんだかデザイン的にもっさりとダサい感じがした、それでも時間が経つと慣れてしまったけれど、やっぱり小さいほうが美しいのか、と思った、というのです。いやあ、そうか。しかし。しかしね。キミたちもあと数年したら、同じように読めなくなるんだよ。笑顔でそう切り返しながらも、どこか負け犬の遠吠え感のようなものが喉もとからじわじわと、苦い薬をのんだ後のように広がっていきました。なんとなく、くやしい。

 というわけで──キャプションを少し大きくしようかと思っています。若い読者にも違和感がなく、年配の読者には読みやすい、美しいキャプションを設計できないか。大きさはもちろん、文字数も含めて探ってゆくつもりです。このことについて何かご意見のある方がいらしたらメールでご一報くだされば幸いです。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)