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 カメラマン
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 昨日発売になった最新号の特集は「短篇小説を読もう」。特集についてのこぼれ話を載せることの多い「編集部の手帖」では、昔、海外作家にインタビューをした際の舞台裏について少し触れました。

 しばらく前にお会いした人に、「松家さんにとっては、海外の作家にインタビューした仕事はなんだか大きな意味があったみたいですね。メルマガで何度か書いてらっしゃいますし」と言われました。私は書いたことを忘れてしまうたちなので、「そうか何度も書いていたっけ」と思ったのですが、たしかに海外の作家にインタビューした仕事が「大きな意味があった」のはまちがいありません。

 最初の仕事は「小説新潮」の臨時増刊として出した「アメリカ青春小説特集」(1989年)。二度目は翻訳書のシリーズ「新潮クレスト・ブックス」のスタートにあわせて刊行したムック「来たるべき作家たち」(1998年)。三度目はその翌年に出した続篇「海外作家の文章読本」でした。

「考える人」の特集は、インタビューという方法を抜きにしては成り立たないものが多くなっています。それも、考えてみればこれらの仕事で得たものの延長線上にあるのかもしれません。人に会って直接話を聞く面白さ。しかしそれを原稿としてまとめて読者に伝えることの難しさもあります。編集者は「書く」ことが本業ではありませんから、インタビューの仕事を原稿にまとめる段階になると「どうしてこんなことをやろうなんて思ったんだろ」といつもため息をつくことになります。

 それでもまた「やってしまう」のはどうしてか、と深く考え始めると頭のなかに濃い靄がかかってくるのですが、ひとつだけはっきりしていることがあります。それは、カメラマンと一緒にする仕事が楽しい、だからその楽しさをもう一度経験してみたくて、同じような企画を懲りずにふたたび始めてしまった──少なくともこのことだけは、はっきりと言えるのではないかと思います。

 さきほど名前をあげた三つのインタビューの仕事は、すべてカメラマンの垂見健吾さんと一緒に外国を移動しつつ続けていたものでした。というよりも、垂見さんと一緒に動くことのできる仕事でなければ、とてもではないけれど懲りずに続けることはできなかった、と言ったほうが正確かもしれません。それはどうしてか。垂見さんが前向きで、明るくて、しかも人の気持ちを肌で感じとる繊細な神経も同時に持ち合わせた人だったからです。

 海外出張に行く、というのは私の場合は基本的にストレスのかたまりです。水も料理も気候も人も違う場所で働く、ということに高揚できる人もいるでしょう。私の場合はまったく逆。基本的には異国では気持ちが縮んで固くなってしまう。あー、早く日本に帰りたい、たっぷりした浴槽にのびのびとつかるお風呂に入りたい、炊きたてのぴかぴかのごはんを食べたい、と毎日念仏のように唱えてしまいます。

 垂見さんが一緒に仕事をしながらいつも口にする言葉は「だいじょうぶ!」「なーんも問題ないさ!」。言葉というはほんとうに不思議です。そう言われ続けていると、なんだか大丈夫なような気持ちになってくる。

 垂見さんのポケットには赤い蓋のついた小さなプラスチックの容器がしのばせてあります。レストランに行くと、垂見さんの手がポケットに伸びます。容器には大味な魚料理やあぶらっこい肉料理にサッとかけるための醤油が入っているのです。「やっぱりこれがなきゃねー(笑)」。そうか、食べ物に辟易として立ち往生するのではなくて、対策を考えればいいわけか。「逆境」にあっても新展開を考える。「前向き」であることはこんな小さな容器にも閉じこめることができる、というわけです。

 考えてみると、私が二十数年前に配属になった「小説新潮」編集部時代にも、私の気持ちの支えになっていたのは、当時編集部に属していたカメラマンのTさんでした。今の編集部とちがい、日中は編集者がいても「しーん」と水を打ったように静かだった編集部にあって、Tさんの存在は異色でした。基本的に明るくて楽しく、騒々しいのです。

 だから、Tさんとグラビア頁の取材で国内をあちこち移動しているときが、思い出せばいちばん楽しい仕事でした。取材と撮影を終わったときにTさんが笑顔で言う台詞はいつも同じ。「ちゃんと写ってるかなあ(笑)」。

 写っているかどうかは、フィルム時代には現像しなければわからないことでした。撮ってしまえば、そこから先はなるようにしかならない。フィルムで撮る写真というものの命運は、シャッターを切った瞬間に決定する。粘りに粘ろうが、偶然のチャンスに恵まれようが、シャッターを押す瞬間はいつも同じ。いっぽう、文字で書く原稿は、いつまでも果てしなくいじり続けることが可能です。往生際を悪くしようとすれば、どこまでも悪くできる。

 これまで仕事を一緒にやってきたカメラマンを思い出すと、どこか共通した匂いを感じることもできるような気がしてきます。それは、カメラというものの、ぎりぎり最終的にはコントロールしきれない、絶対的な瞬間が横たわっている手段を使う人々に特有の、何かがあるのではないか。最後の瞬間には、何ものかに運命をゆだねるしかない表現にかかわることで、おのずとわきあがってくる人間のふるまい、というものがあるのではないか。垂見さんの、あるいはTさんの人柄と感じられたものには、カメラマンという職業からくる何かが影響を与えていた部分もあるのかもしれない、と思ったりもするのです。

 現在はデジタルカメラの時代に移りつつある過渡期です。シャッターを切る瞬間、ということではフィルムのカメラと同じ。しかし、現場で編集者に撮ったばかりの画像を見せることもできます。「写っている」かどうかはすぐにわかります。そして、取り込まれたデジタル画像は、どこまでも限りなくいじり続けることも可能です。

 デジタルカメラの登場によって、カメラマンの人柄が少しずつ変わっていく、なんていうことは……まさかないでしょう。シャッターを切る瞬間は同じ、というところにこそ、カメラマンの真価は問われるからです。……と思うのですが。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)