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 うめ(前回の続きです)
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 親類の空き家がある田舎に、ときどき遊びに行きます。風を通し、掃除をする気まぐれな管理人のような仕事をすれば、いつ使ってもよいと言われているのですが、去年の秋からは半年近く、まったく遊びに行けませんでした。だから、「うめ」にもしばらく会っていませんでした。その田舎に住んでいるキジトラの野良猫「うめ」は、人を見れば鳴きながら近づいてゆく「人恋しくてしかたない」雌猫でした。人の足もとにからだをこすりつけてはゴロゴロと喉を鳴らし、人と一緒に走り回っていつまでも飽きずに遊び続けます。そんなうめが、玄関の外で餌と寝床を用意していた世話好きのMさんのところから忽然と姿を消したと聞いて、人なつこいので、誰かに連れていかれたのかもしれない、と私は思っていました。

 標高千メートルの山あいの村にも春が来て、大木の桜が満開を過ぎ、散り始めていました(うめがよく遊んでいた桜の木です)。長い冬のあいだに溜まったものを片付けるにはうってつけの快晴の日。あたりには白や黄色の水仙がいっせいに花を咲かせ、山吹もまぶしいほど黄色い花をつけています。例年どおりシジュウカラが東向きの雨戸の戸袋に巣作りをしたらしく、しきりに出入りしている。あたりには目に見えない花粉がもうもうと舞っているようで、朝からくしゃみと鼻水がとまりません。

 うめはあっけなく見つかりました。しばらく見ぬふりをしていた小さな地下室(40年以上前に立てられた家の、今はもうない五右衛門風呂の焚き口と、薪の貯蔵庫だったのが、今は使うあてのない場所になっていました)にとりあえず風を通そうと思いたち、立てつけの悪くなった木製の扉をあけると、放り込んだままの段ボールの空き箱がうっすらとカビをはやしているのが見えました。とにかく全部いったん外に出して日に当ててから、燃やして処分しようと決意して、マスクや軍手をとりに帰ろうとしたときです。私の視界の隅の、ちょうど五右衛門風呂の焚き口の真下のあたりで、うめが丸くなっているのが目に入りました。

 うめは眠っているのではなく、死んでいたのです。からだを丸めてぐっすりと眠っているときと同じ姿勢で。私はさて娘にどう伝えようかと思いながら、もうひとつの胸騒ぎを覚えていました。なぜうめは地下室で死んだのか。半年前、最後にここのドアを閉めたとき、うめが地下室に残っていたのに気づかなかったのではないか。そして出られなくなったうめを餓死させてしまったのでは。考えたくもないそんな仮定が頭をよぎったのです。

「地下室にうめがいたよ。うめは眠るように死んでいた」。地下室の真上の台所で洗いものをしていた娘に声をかけると、娘はみるみるうちに涙をためて、ぽろぽろと泣き始めました。「うめの墓をつくろう。どこにしようか。一緒に考えてくれるか?」と言ってから、穴を掘るためのスコップをとりに家の裏手にまわると、遠くにMさんの姿が見えました。私は急ぎ足でMさんのところに向かいました。

「うめがいました。うめがいたんです。地下室で死んでいました。どうして地下室に入り込んだのか」。Mさんはがっかりした表情を見せながらも平静な声で、「死にに行ったんだね。縁の下から入りこんだんでしょう。猫は自分が死ぬのがわかると、縁の下に入って死ぬからね」と、私にというよりも、自分に言い聞かせるような口調で言いました。「だけどどこから入ったんだろう」私は自分の疑念をぬぐえずに言いました。「とにかくお墓をつくってやろうと思います。Mさん、うめに会っておきますか?」Mさんは少しうるんだ目をして首をふりました。「いや、いいですよ。お墓、すみませんね。ありがとうございます。よろしくお願いします」

 Mさんは「うめはずっと体調が悪くてね。もうおばあさんだったからしかたないんだけど、秋に入ってからはちょっと高いところにはあがれなくなっていたし、寿命ですよ。自分でわかっていて、地下室に行ったんでしょう」と言いました。「うめはよくあの桜の大木の下で遊んでいたから、あの下に埋めようかと思うんですけど」桜の木を見ながら私は言いました。Mさんは少し考えてから、「いや、あそこは日当たりが良すぎるから匂いでキツネが掘り返すかもしれない。裏手の、日当たりの悪いところのほうがいいね」

 Mさんと相談をして、家の裏手の、枯葉が吹き溜まっているひんやりとした日陰に穴を掘り始めました。大雪が降った冬にはいつまでも雪が残っているあたりです。「キツネにほじくられないように、ちょっと深めがいいですよ」Mさんは念をおすようにそう言ってから、自分の家のほうに歩き始めました。黙ってそばにいた娘も、いつの間にか持ってきていた小ぶりのスコップを握りしめ、穴を掘る作業を手伝い始めます。

 穴ができて、私はうめを迎えに行きました。地下室を見渡すと、低い天井の近くに座布団を半分に折ったぐらいの穴が空いていて、そこが縁の下に通じているのがわかりました。そうか、縁の下に入り込んで、この穴から地下室に入ったというわけか。私はMさんの仮説がぴったりと重なるのを感じ、ため息をつきました。小がらなうめは、両手ですくい上げるようにして持ち上げると、はかないほど軽く、毛なみは元気な頃とまったく変わりありません。

 薄く目を開いているように見えたので、私は右手でうめの顔を覆い、左手でうめのからだを持ち上げて、お墓に向かって歩いていきました。娘はいつの間にか穴の底に水仙の花を敷き詰めて、両手には山吹を抱えて私の着くのを待っていました。うめは水仙の花の上に地下室と同じ姿勢で横たわり、娘はうめの上に山吹の花をふとんのようにかけ、ふたたびぽろぽろと泣き始めました。

 墓標を立て、Mさんが届けにきた赤いチューリップの花を一輪生けてから、私は快晴の下でどんどん乾いてゆく段ボールと古材を、赤く錆びたドラム缶のなかで燃やし始めました。乾いた空気のなかで、それらはこわいほど勢いよく燃えました。

 結局夕方近くまでかかって、地下室のものはすべて、はかなく軽い灰になりました。そしてところどころまだ赤く熾きている白い清潔な灰が、火葬されたうめの遺灰のようにも見えてくるのでした。私は、夕刻の冷たい空気のなかで熱を放ち続けるドラム缶の前に立ったまま、うめの鳴き声やその走る姿を飽きずに思い返していました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)