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 夕暮まで
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「考える人」最新号の校了が近づいています。メールマガジンをながらく読んでくださっている方にはもう耳にたこができてしまったかもしれませんが、「考える人」は専任編集者のいない寄り合い所帯です。通常は書籍の編集者として働いているので、年4回の「考える人」の編集作業はいわばイレギュラーの仕事。ですから毎日顔を揃える、やや大袈裟に言うと「運命共同体」的な月刊誌や週刊誌の編集部とはだいぶ事情が異なっています。

 それぞれに進行中の単行本の仕事があるので、原稿の入稿から校了までのペースはそれぞれやりくりしてもらっています。ですから、とっくに入稿し校了して、次号の取材のために先々週からアメリカに出張している人がいるかと思えば、おととい「編集部の手帖」の原稿をぎりぎり最後にすべり込みで入稿した私などもいて(入稿が遅すぎたのでデジタルコンセンサスで一回しかチェックができません)、ほんとうにさまざまなのです。

 とはいえ、この月曜日からは例外なくすべてのページを校了にしなければならない日々がスタートしました。金曜日までには責了紙のすべてを印刷所に渡して、編集作業を終わらせなければなりません。私の日頃の「てーげー」ペース(てーげーというのはご存知かもしれませんが沖縄の言葉で「だいたいでいいよ」という感じで言うところの「適当」を意味します)を許してくれている進行担当のIさんも、今週に入ってからは、「これは今日中に必ず(印刷所に)戻してくださいね」と、ややきっぱりした感じで私に言うようになってきました。これもいつもの校了の光景です。

 印刷所からゲラが届くのは、午後1時、4時、6時の3回。新潮社から歩いても10分とかからない大日本印刷から車で運ばれてきます(この「便」には新潮社の他の雑誌や単行本、文庫本のゲラがどっさり載っています。そしてその帰り道に新潮社から大日本印刷へ届けるものが車に載せられていきます)。運ばれてきたゲラは、校閲部、担当編集者、デザイナーの島田隆さん、の三箇所に同じものが配られます。

 ゲラのチェックがとにかく早いのは島田さんです。たったひとりでやっているとは思えないほど(ひとつの雑誌のデザインを頭の先からしっぽの先まで全部ひとりでやっているのは、この世界ではかなり珍しいはず)、飛んできたボールをすぐに打ち返すような素早さで、島田さんからのバイク便が帰ってくる。しかも綿密にしっかりとみてくださっているのです。1時便のゲラでお届けしたものも、6時便のゲラのお届けと引き替えに戻ってきます。ここだけの話ですが、島田さんはデザインも早いのです。夜遅くに材料を届けたものが、翌日の午前中にメールでレイアウト案が届くことも珍しくありません。急ぎの訂正などは、電話でやりとりして、5分と待たずにメールで修正案が届きます。

 校閲部も責了の時期になるとゲラを戻してくるペースが速くなるようです。うかうかしていると、作業がいちばん遅いのは私ということになり、校了箱のなかに責了紙の山ができてしまいます。のんびりした編集部のわりに、どたんばになるとあれよあれよと責了となり、ゲラが印刷所へと飛び立ってゆく。

 一昨日も、そんな勢いで、もう午後4時頃にはその日のうちにやらなければならないことにほぼ見通しがついてしまいました。校了日で午後4時に決着なんて、この世界の「常識」では考えられないことかもしれません。雑誌の校了といえば、夜中の12時を過ぎるのが当たり前、と思われているのが私たちの出版の世界です。

 そんな午後4時。「考える人」のワークデスクに4、5人の編集者がなんとなく集まって、小腹が空いたといいながら、持ち寄った大福、おせんべい(歌舞伎揚げ)、草餅、チョコレートをならべて、お茶を淹れて食べ始めました。ゲラにお茶をこぼしたりしたら大変なので、ごちゃごちゃにいろんなものがのっていたワークデスクもさささーっと片付けて、どうでもいいような馬鹿話をしながら、ばりばり、もぐもぐ、ごくごくとやっているうちに、私の食べるペースがいちばん速くなり、短時間のうちに私のお腹はお菓子で満腹状態。気がついたら「食べ過ぎて、気持ち悪い」。

 お菓子を食べ終わると、みんなぱんぱんと膝の上を払って、自分の机に戻って行きました。私もIさんに「今日はもう帰っていいよね」とお許しを得て、午後7時前には会社を後にしました。夏至直前の東京は7時でもまだ明るい。校了をやっている最中に、こんな明るい時間に帰ることができるなんて。こういう日がもっと増えるといいなあ、と思いながら夏のような空を見上げていました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)