┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ 猫とカイツブリとフェルメール┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 きのう発売になったばかりの最新号の特集「続・クラシック音楽と本さえあれば」の取材でオランダを訪れたのは5月の下旬でした。ヨーヨー・マもその演奏を聴いて衝撃を受け、レッスンを申し込んだという伝説を持つオランダのチェリスト、アンナー・ビルスマにインタビューをするための出張です。

 取材を終えた翌日、帰国便を待つあいだ、カメラマンとふたりでアムステルダム市内を散歩することにしました。荷物はすでにパッキング済み。最小限のものを小さめのリュックに入れて、スーツケースなどの大きな荷物はホテルのロビーの片隅にあるバゲッジ・ルームに預けることにしました。カメラマンのKくんはデジタルとフィルムの両方の機材を用意してきたのでさらに大荷物。

 旅先では荷物のゆくえはいつも心配です。飛行機が到着し、バゲッジ・クレイムのベルトコンベアーにちゃんと姿を現すかどうか、ホテルでもタクシーでも指先確認するようにして、荷物の「安否」を確かめます。旅の不自由をおぼえるのは、こういう瞬間です。2泊3日の国内旅行かと思えるほどの最低限の荷物で海外旅行を楽しむことができる編集部の「旅の達人」Sさんは、あまりにも軽装過ぎて、帰国した際の税関のチェックでかえって不審に思われてしまうことがあるらしいのですが、私はなかなかその境地には達しません。

 私たち二人がベルボーイに渡した大荷物は、磨りガラスの自動ドアの向こう側に運ばれていきました。心配性の私はその行き先を目で追っていきます。すると、え? 荷物がずらりと並ぶ部屋のなかに、猫が一匹いる。驚いて見ているうちにスーッと自動ドアが閉じてしまったのですが、磨りガラスの向こうで猫が悠然と左に向かって歩いてゆくのが見えました。迷い込んだにしてはずいぶん堂々としていたな。

 ロビーから玄関に出ると……なんだ、私たちよりも先回りしていた猫が見て見ぬふりのような顔をしてタクシーの出入りを見守っているではありませんか。バゲッジ・ルームには玄関とは別の出入り口があって、どうやら猫は、ここを自由に出入りする権利を有しているらしい。動物好きの私たちはしばらくしゃがみこんで猫と遊んでいました。ベルボーイは私たちと猫を笑顔で見ています。日本のホテルだったら、どうだろう? 猫は追い払われることのほうが多いような気もするけれど。

 今日の最終目的地はアムステルダム国立美術館。地図で確かめると、歩くと30分は優にかかりそうでしたが、運河沿いの散歩も楽しかろうと、身軽な二人はてくてくと歩き始めました。まもなくカメラマンのKくんが「あれ? こっちでいいんでしたっけ?」と不安げな声をあげます。ガイドブックについている地図を切り取って右手に持っていた私は、「こっちでいいと思うよ」と答えます。ふだんは私が方向音痴で、Kくんが正しいはずなのですが、今回は珍しく私が正解。それは運河のせいかもしれません。

 運河と川の違いはなんといっても流れの速さです。川は流れの向きがはっきりしているので、どちらが上流でどちらが下流なのかひと目でわかりますが、運河はなんだかよくわからない。でも、よく目を凝らせばなんとなく流れを感じる場合もある。はっきりとした方向性の見えない運河というもののおもしろさを感じました。運河を行き来するのは観光船はもちろん家族単位で持っているボートまでいろいろとあり、散歩の途中では背筋のピンと伸びた30代のお母さんが小学生の男の子を乗せた小さなボートを走らせている勇姿も見かけました。どこに行くんだろう? 

 国立美術館のすぐそばまで来ると、運河の向こう岸からこちらに向かってカイツブリが泳いでくるのが見えました。カイツブリは湖や沼、流れの穏やかな川に棲む水鳥です。いそいそと泳いでいるのでなんだろうと思っていたら、背後に五羽のヒナたちを引き連れていました。親鳥はときどきパッと水中に潜り込み(カイツブリは潜水が得意な水鳥です)、見つけた餌をついばんで水面に浮上してくると、ヒナの口に迷わずそれを運びます。ヒナをよく見ていると、親鳥が運んでくるのを半分以上独占して食べているのもいれば、親鳥とはつかず離れずで、自力で藻のようなものを黙々とついばんでいるのもいる。

 それにしてもヒナの群れは、まったく人間を怖がりません。運河のふちにしゃがみこんで飽きずに見ている私たちにはおかまいなく、手を伸ばせば捕まえられるぐらいのところで、ひょいひょいと泳いでいるのです。親鳥もこちらを警戒している様子がまったくない。人間に捕まえられるなんて、想像もしていない様子です。ヨーロッパの野鳥と人間の関係は、どこでも同じようなものなのかもしれませんが、このカイツブリの親子のこわがらない様子は、オランダ的だなあ、と言いたくなってくるものでした。

 アムステルダム国立美術館は現在改装工事が進んでいるので展示スペースの規模は縮小しています。それでもお目当てのフェルメールの絵を見ることができました。「手紙を読む女」「恋文」「牛乳を注ぐ女」「デルフトの小道」の4点。「牛乳を注ぐ女」は9月26日から国立新美術館で公開されることが決まっています。平日の午前中とはいえ、閑散としている美術館のなかでゆっくりと見ることができたのは、ほんとうにありがたいことでした。「牛乳を注ぐ女」の衣服の青い色は、画集ではそれほど強い印象がなかったのですが、実物を見るとこんなに鮮やかな青だったとは! 確認したわけではありませんが、汚れを落とす修復が近年になされたのかもしれません。私の網膜には今も「牛乳を注ぐ女」の青がありありと鮮やかに残っています。

 この4点のなかで私がいちばん好きなのは「手紙を読む女」です。この時代の風俗画で、妊娠した女性が描かれているのは大変めずらしい例だとどこかで読んだことがあります。宗教的な気配もなく、大きなドラマもない。日常にある私的な静けさだけが綿密に描かれている。時代は17世紀半ばですから、まだまだ妊娠している女性を悩ませるような因習も残っていたのかもしれません。しかしこの絵の描かれ方じたいには限りない自由がある。フェルメールという特別な画家はやはり、オランダが生んだ画家なのだ、と感じました。

 去りがたい気持ちを残しながら、私たちはふたたびホテルへと戻りました。ホテルの猫に会うのを楽しみにしていたのですが、どこかへ散歩に出かけてしまった後だったのか、あたりにはどこにも猫の姿はありませんでした。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)