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 ガラガラとぎっしり
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 暑い日が続きます。みなさんはいかがお過ごしでしょうか? 一昨日あたりからお盆休みの帰省Uターンが始まった、とニュースでは報じられていますが、そして上空から撮影された高速道路の大渋滞の向かう先を見れば、目的地は東京およびその近県だと思われるのですが、都内は昨日までは休日モードで嘘のようにガラガラでした。年末年始とほぼ同じ。地下鉄は空席も目立ち、車はスイスイと走ります。

 NHKのアーカイブ映像で見てみると、1962年頃の都内は、今のような盆暮れの都内の状態よりもさらにガラガラだったようです。東京オリンピックに向けて首都高速が開通しても、当初は利用する車の数そのものが少なかったのでしょう。誤解を恐れずに言えば、首都高速のガラガラの感じは現在の平壌市内の交通量に毛が生えたぐらいのものにしか見えないのです。ちなみに東京都の人口が1000万人を突破したのが1962年。2007年7月現在の東京都の人口は約1277万人です。

 ふだんの平日は、会社の前の通りは慢性の渋滞ですが、昨日までは昼間でも平日の深夜ぐらいの交通量に減っていました。そして、茫然とするほどの暑さ。「東京砂漠」というちょっと古いフレーズが頭をよぎりました。少子化と高齢社会が進んでゆくと、人口が減り、交通量もどんどん少なくなって、こんな感じになってゆくのかな、と想像してみると……さみしいといえばさみしいかもしれない。でもなんだか、すがすがしくもある。

 少子化の問題点については、さんざん語られ、書かれ、報じられていますから、ここでおさらいするのはやめておきましょう。理屈を聞けば「いちいちごもっとも」と頷くことばかりです。しかし先日、筑摩書房のPR誌「ちくま」7月号で読んだなだいなださんの「少子化対策」をめぐる文章には、少子化問題についての公式見解的な論議にはない、個人のなかから真っ直ぐに出てくる言葉の迫力がありました。

「『少なく産んで、大事に育てよう』は、戦後日本の標語だった」──なだいなださんは冒頭で、私たちが忘れつつある歴史的な事実についておさえながら、60年代の日本についてこんなことを書いています。

「一九六〇年代、日本は世界で出産コントロールを成功させた唯一の国であり、人口問題で苦しむ世界の国々に、胸を張って助言を与える立場にあった。一九六〇年代、ヨーロッパに留学したとき、この若造の東洋人の医者に、これに関する質問をするひとも多く、誇らしげに説明したことを覚えている。 ぼくの友人たちは、子供一人と二人の家庭が大半を占め、ぼくのように四人もいるというのは稀で、気がひけたものである」(「少子化対策」ちくま7月号より)

 今年78歳のなだいなださんは、同じ文章のなかで人口減少による年金の運営の問題、老人介護の問題についても当然触れています。しかしその解決方法が行政による「人口増加」の旗振りとなってしまっていることについて、はっきりと疑問を呈しているのです。「人口減少で起こる複雑な問題を解決するのでなく、人口をまた増やせばいい、という安易な解決法に向かった」。なだいなださんの論はここから地球環境問題へと入ってゆきます。

「地球的規模で見れば、人類にとって、今は人口を増加させるべき時代ではない。その反対に、いかにして人口増加を抑制するかを、考えねばならない時代だ。環境問題を解決するには、CO2の排出削減だけを考えていればいいわけではない。バイオ燃料の導入で解決できる問題ではない。それなのに、世界の首脳が集まって、CO2については議論するが、人口の抑制策は話題にもならない。不思議の限りだ」──なだいなださんの文章は、このあたりから怒りのトーンをおびてくる。もう少し引用させてください。

「今、日本のその経験が生かされるべき時代であるのに、少子化対策、結婚したら子どもは二人などという寝言をいっているとはなにごとだ。 野党が政府の少子化対策を批判するときも、そんなことでは、若い世代の女性は、子どもをもっと産もうとは考えない、という主旨からの、批判がほとんどである。そこに、ぼくは政治家の頭の中の国家主義を見る。政治家たちは、人口が減ることは、国力が衰えることであるという固定観念にとらわれている」

「少子化問題」は、私には「円高不況問題」を思い起こさせるところがあります。1985年9月のプラザ合意から、一気に円高が進んだときの記憶です。合意直前は1ドル242円、合意後2か月で200円を切り、翌年の2月には180円を突破する、という恐るべきスピードで円高は進みました。「円高不況」という言葉がメディアに頻繁に登場するようになり、円高不況対策のために金利が引き下げられ、そこから土地や株への投機に火がつき、その結果は、枯れ野を焼き払うようなバブル経済へとなだれ込んでいったのです。

 このとき、今でも覚えているのは、「これ以上円高が続き、万が一150円を突破するようならば、日本経済は間違いなく破綻します」とある経済評論家が断言したことです。そしてプラザ合意から約2年後の1987年10月19日、世界的な株の大暴落「ブラックマンデー」が起こったときには、1ドルは150円をはるかに超えて、141円にまでなっていました。

 バブル経済のことを思えば、そしてこの「ブラックマンデー」を思えば、経済評論家の円高をめぐっての予測はある意味で正しかった、と言えなくはないでしょう。しかし20年後の現在、1ドル117円の為替レートで暮らしている私たちには、150円限界説をどうとらえ直せばいいのか。門外漢としては、ああだこうだと聞いたふうなことを言うのは、このあたりでやめておいたほうが賢明かもしれませんけれど……。

 しかし私は、この150円限界説から出生率のことをついつい連想してしまいます。長期的に人口を維持するためには出生率(合計特殊出生率)が2.07必要で、現在の1.26では遠く及ばないという分析のこと。具体的に反論できるような知識も分析力もないことを棚にあげて、数字が追いつけばすべてが解決する、と考えるのはあまりに楽天的ではないか、と小さな声で反論したくなってくるのです。さらに踏み込んで言えば「本当にそうなのか」という質問を、予測された未来に生きているであろう誰かに、時間の壁を超えて、ぶつけてみたくもなってくる。

 都内がガラガラだった一昨日。都心にある大きな病院に行く用がありました。病院に着いて、正面玄関から院内に足を踏み入れたとき、私は目を見張りました。ガラガラどころか待合室にはびっしりと人が座っていたのです。大病院の、ふだんとまったく変わらない光景。病院や患者にとって、お盆休みなどいっさい関係ない。考えてみれば当たり前のことなのですが、病院の外の光景とのあまりの落差に、私は意表をつかれました。

 人口が減少して高齢社会が進めば、この病院の光景はさらに確実に深刻なものになってゆく。町はガラガラ、病院はぎっしり。未来の光景として、あまり想像したくはありません。それは間違いないところなのですが、しかし、私の頭のなかでは、なだいなださんの文章と病院の光景をどのようにすりあわせていけばいいのか──暑さのせいで弱った頭のせいもあり、そこから先は、思考が行き止まりになってしまいました。慣れないことは、するものではありません。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)