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 耐えられるアメリカ人
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 今年の春、アメリカを旅行しました。ニューヨークにしばらく滞在し、その後、サンタフェに移動する旅程でした。ニューヨーク滞在の最終日の朝、荷物をまとめ、サンタフェめざしてラ・ガーディア空港へ。テロ対策で徹底した身体検査を行っているので、空港はどこも長蛇の列。パソコンは時限装置付爆弾でないことを証明するため(?)係官の目の前で起動させ、鞄の中身は検査機で入念に調べられ、靴まで脱がされますから、列はなかなか前へ進みません。

 何から何まで合理主義のアメリカ、とばかり思っていると、この「大渋滞」は日本ならばもう少し対策をとるのでは、と思われるようなところもあって、でも、こんなふうに待つことにはとうに慣れてしまっているのか、あるいは9・11のまだ生々しい記憶がそうさせるのか、行列からイライラの空気はほとんど立ちのぼっていません。

 何はともあれ無事に飛行機は離陸し、経由地デンヴァーに到着。空港構内で乗り換える次の飛行機のゲートを探すべく電光掲示板をチェックしていたら……なんとデンヴァー発アルバカーキ行きの飛行機がキャンセルされている! ラ・ガーディア空港では予定通りの運航と聞かされていたのに、たった数時間の隙に機械の故障で欠航とは。ふと気づくと、空港のカスタマーセンターにはすでに長蛇の列ができています。

 デンヴァー空港はそれなりに大きい空港なので、他にもカスタマーセンターはあるはずと思い少し先へ歩いてゆくと、あったあったガラガラのカスタマーセンターが……と思ったら「閉鎖中。他のカウンターが対応します」との掲示。仕方なくふたたび長蛇の列に戻り、待つことしばし。しかしこの長蛇の列は、数時間前に経験したラ・ガーディア空港の列よりも数倍進みが遅い。印象としては最大分速で10センチぐらい。微動だにしない時間も結構ある。100人近く並んでいるので1時間待ってもカウンターにたどり着けない可能性があります。

 列がじりじりと進んで、係員が対応するカウンターの様子が見えてくると、カウンターの向こう側に座って対応している係員は3名。ところが、3人の真ん中の担当者が対応しているベビーバギー片手の女性が、10分経っても20分経ってもその場から離れようとしない。係員はどこかに電話をかけ、その結果を彼女に伝え、力なく首を横にふり、またキーボードを叩き、しばらく話し合いが続くと、今度は係員が奥に姿を消して、また戻ってくると彼女と話し、首を横にふり、という膠着状態がずっと続いている。

 その様子からすると、とにかく飛行機が飛べないと言われても困る、何とかしてください、の一点張りで、係員もあらゆる可能性を探ってはかんばしくない結果を報告し、でも彼女は諦めない。その停滞が全体の三分の一以上の負荷をかけ、大渋滞に強力なブレーキをかけているのは明らかでした。しかし列は淡々としていて、少なくとも目にみえる限りではイライラした様子の人は見あたりません。

 こういう時、日本だとどうなるか。まずカスタマーセンターの係員だけが対応というのは考えられません。片手にハンディフォンを持った航空会社の社員が列に並ぶ人々に声をかけ、説明をし、頭を下げ、場合によってはどこかに案内して連れて行く。列のなかにはイライラと声をあげる人がいて、時間が経つにつれ怒り出す人も出てくるかもしれない。機械の故障だろうが、台風の影響だろうが、こういう場所には必ず怒り出す人が出てくる。何かこう「馬脚をあらわす」とでも言いたくなる光景が展開されるものです。

 しかしデンヴァー空港の景色には、そういう「破れ目」がどこにもない。ベビーバギーの女性に非難の視線を投げつける人もいない。「たまたま自分は今ここで並んでいるが、それが何か?」とでも言うような静けさ。こちらは何の保障もないままただ待っているのがひたすら不安で、「今日中にサンタフェに行けるかな?」という心細い内心の声ばかりがこだまします。係員も、粘る女性も、行列の人々も含め、すべてが過剰に情緒的にはなるまいとする態度が実に堂々としていて、その場に加わっている自分も、何か粛然とするような気持ちにまでなってくるのでした。

 ついにカウンターにたどり着き、結果としては単にキャンセル待ちを指示されたものの、キャンセル待ちのゲートでは順番待ちの数字さえもらえず、ふたたびカスタマーセンターへ。今度は私も一芝居打つようなつもりで、「どうしても今日行かなければならない」という不退転、鉄壁の態度で臨むことにし、その結果、カート・ヴォネガットのような顔をした無口な係員から次の次の便のボーディングパスを受け取って機上の人に。そこまでにすでに約五時間が経過していました。

 アルバカーキからサンタフェに向かう深夜の高速道路を走りながら、アメリカはしぶとい、多少のことではへこたれない図太い神経がある、と勝手な結論めいた感想を抱いて、私は真っ暗な外の風景を眺めていました。良いか悪いかは別にして、アメリカ人は鍛えられている。しかし忍耐がぎりぎりまで延長された末には、徹底的な戦いの姿勢も担保されているのではないか、とも考えながら。

 次号のアメリカ特集は10月4日の発売です。いましばらくお待ちください。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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