『脳と仮想』で第四回小林秀雄賞を受賞された脳科学者・茂木健一郎さんは、今回の特集の冒頭で、いきなり私たちを不意打ちするように、「私たちの心は美しい」と書きます。この言葉に「?」と思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか? 脳科学というものは、CTやMRIなど脳を輪切りにした状態の画像でとらえたり、顕微鏡でシナプスの姿をとらえたり、数理的に分析するものなのではないか。「美しい」などという印象批評的な言葉で、脳の何かを捉えられるものなのか、と。

 茂木さんの脳科学のアプローチと、「私たちの心は美しい」という言葉について考えるとき、ふと思い出すのはニュートンについての逸話です。その詳しい話は藤原正彦さんの著作『心は孤独な数学者』に描かれていますのでぜひ参照していただきたいのですが、万有引力の発見者であるニュートンは、その代表的な著作『プリンキピア』を遺す一方で、密かに聖書についても研究していたといいます。ニュートンは聖書のなかには「神の真理が比喩や隠喩を用いてそれらの中に暗号的に表れている、と信じ」(『心は孤独な数学者』)、聖書に隠された「暗号」を探りだそうと長い時間をかけて研究をしていたらしい。

「科学と技術」の世紀、二十世紀の土台をつくった大きな存在のひとりであるニュートンの興味が、聖書へと向かったことは、ニュートンという希有な個性がたどりついた例外的な「脱線」に近い成り行きだったのでしょうか? 今回の特集の冒頭で、これまでの「心脳問題」の見取り図を概観し、これから先のアプローチの可能性についておさらいしてくださった茂木さんの文章のなかに、その謎を考えるヒントがあるように思います。以下はその冒頭から──。

 目に見えないくらい小さな素粒子の世界から、ビッグ・バン以来の宇宙の歴史まで、科学は私たちが体験する様々なことがらの中に隠されてきた「秘密」を明らかにしてきた。
 科学者たちを飽くなき探究に駆り立ててきた原動力は、何よりも、私たちの住むこの世界の中にある真実は、美しいものに違いない、という確信だった。実際、科学が明らかにしてきた宇宙のあり方は、美しいとしか言いようのないものである。空気の中を舞う綿毛の運動から、銀河の腕が形成され、変化する力学まで、この世界を支配している法則は、どんな時にも、あらゆる場所で、美しい。そのような美しさを他の誰よりも先に知ることができる、ということが、科学者たちの特権であり、歓びなのである。
(中略)
 科学が人間にもたらしうる福音の最大のものは、私たちが美しいとは思っていないものも含めて、万物は実は美しいのだ、と教えてくれることかもしれない。生きている限り、「意識の流れ」の中で体験する全てのものが、時々刻々と美しい。私たち人間は、その美しさに気付かないでいるだけである。世界の中に溢れている美しさの所在に目を開かせてくれることこそが、科学の最大の恵みである。だとすれば、世界の美しさを味わうためには、感性を磨くだけではなく、科学的知性をも鍛えなければならない。

 もちろん、茂木さんのこのようなスタンスとは正反対の位置で、脳科学の最先端と向き合っている脳科学者もいます。茂木さんの原稿のなかでは、それらの人々の考え方についても言及しています。「心と脳」へのアプローチは、なんと幅広いものなのでしょうか。科学という無機質で冷たいと思われがちな世界が、熱帯のジャングルのように多種多様に枝分かれをし、活動しているのだ、という新鮮な驚きがあります。

「心と脳」をめぐる科学のアプローチが、どこか人間くさい部分をともなっていることをあらためて気づかせてくれるとともに、茂木健一郎さんという脳科学者の、奥行きの深い懐を垣間見せてくれる、実に興味深い一文になっています。もしまだ特集をご覧になっていない読者がいらしたら、まずはこの一文からお読みいただければ、と思います。