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 タダでは帰らない
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 最新号の特集「アメリカの考える人たち」を担当した編集部のSさんには、国内旅行に出る前に必ずチェックするポイントがあります。それは、目的地の周辺に「城」あるいは「城址」があるかどうか。あれば必ず旅程に組み込む。日程が変わるほどでなければ、多少経路が遠回りになるぐらいは厭わない。素人の目にはほとんど荒れ果てた畑のようなものにしか見えない「城址」に一人たたずんで、Sさんは遠い時代に思いを馳せたりしているらしいのです。

 つい最近まで、世の中に「城好き」の人々がいる、ということなど意識したこともありませんでした。しかしSさんによってそのような「ジャンル」があることを知らされて以来、新潮社のあの人もこの人も実は「城好き」だったことが次々に判明したのです。いやあ、気づかずに見過ごしていることのいかに多いことか……人間の趣味趣向の世界は実に多様です。

 社内の「城好き」は私の知る限り全員男性です。鉄道好きは男だけという偏見は、エッセイスト酒井順子さんの著作『女子と鉄道』によって一掃されましたが、城好きにも同じように女子ファンもいるのかもしれません。社内の意外な例では(残念ながら男性)、「あの城がどうしたこうした」などということには一切関心がなさそうに見えていたベテラン編集者Nさんが、「城好き」だったということ。会社の食堂で同じテーブルについていたとき、Sさんの土産話に誘われたように、「熊本城は石積みが素晴らしいね」と、Nさんがポツリと呟いたのにはちょっと驚きました(ちなみに、Nさんが太鼓判を押す熊本城の石積みの素晴らしさは、現在発売中の「芸術新潮」10月号の特集「細川家 美と戦いの700年」でご覧いただけます)。

 それではSさんの海外旅行の場合のチェックポイントとは何か。Sさんの場合、欧米よりも圧倒的にアジア、中近東方面への旅が多いようですが、かならず旅程に組み入れるのは遺跡観光です。去年の暮れにも、小学校入学前のひとり息子を連れて、タイ、ラオス、ベトナムをめぐる旅に出かけていました。移動の途中で「やっぱり遺跡は寄ったんですけどね。はっきり言ってすごく地味で、面白くないんですよ。出発前からそれはわかってたんですけど、やっぱり行ったからにはおさえておかないと(笑)。いやあほんと、大したことなかったな。うーん、『消化観光』ですよ『消化観光』」

「消化観光」とは、つまり鉄道マニアが日本全国の鉄道路線を一本一本走破し塗りつぶしてゆくように、たとえその路線が特に景色が良かったり珍しかったりせずとも、『乗った』という事実に第一の重きを置く感覚と同じらしく、地図やガイドブックに載っている遺跡はとりあえず訪れておく、という基本方針を意味するようです。趣味の現場では、こうしてつねにマメで勤勉でぬかりない姿勢が貫かれるもののようなのです。地味な遺跡を前にして腕組みし、渋い顔をして眺めているお父さんを、保育園児の長男はいったいどんな顔をして見上げていたのでしょう。

 アメリカの特集と決まったとき、Sさんは微妙な表情をしていました。編集部では誰よりもアメリカに詳しい。そしてサンフランシスコ、シリコンバレーにも行ったことがある。でも微妙に浮かない顔。どうしてだろうといぶかしく思っていたのですが、しばらくしてから思い当たったのは遺跡です。もちろんないわけじゃないだろうけれど、アジアや中近東と同じような時代や規模の「遺跡」は、サンフランシスコには望めないだろうからです。

 さて、サンフランシスコで取材中の同行カメラマンから次号予告に使う写真をメールで送ってもらったときのこと。データのなかに一枚あやしい写真が混入していました。よく観光地にある記念写真用「顔出し」パネルから、Sさんとカメラマンが顔を出しているもの。パネルは月の上に立っている大人の宇宙飛行士と、その半分ぐらいの身長しかない子どもの宇宙飛行士という図。旅立つ前には「心配だ心配だ」と言っていたSさんは子どもの宇宙飛行士に扮して、余裕の笑顔です。

 帰国してから驚いたのは、Sさんの取材の合間をぬっての行動でした。遺跡がないからオフの時間はのんびり体を休めていたのではと思ったら大間違い。寸暇を惜しんであちこちを移動していたのです。その目的は、採集、加工された「遺跡」とも言えるミュージアムめぐりです。

 Sさんから聞き出すと、出てくるわ出てくるわ、サンフランシスコ中のミュージアムをローラー作戦で潰してゆくように、美術館、博物館、なんとかセンターを見ていたらしい。たとえば、『ゲド戦記』の著者アーシュラ・K・ル=グウィンの人類学者の父がディレクターを務めたことがあるバークレー人類学博物館、世界で最も知られたチップメーカーのインテル博物館、19世紀末に設立され、当時はニューヨークのメトロポリタンミュージアムよりも規模が大きかったというスタンフォード大学付属の博物館、子どもに物理学、科学を教えるローレンス科学館、バークレー美術館、UCボタニカルガーデン、中国文化博物館、「手塚治虫展をやってましたよ」というアジアン・アート・ミュージアム、航空博物館、ウィンチェスター・ミステリーハウス、ミッドウェー海戦などで知られる「ホーネット」の次世代の航空母艦が係留されてそのまま博物館になっているUSSホーネット・ミュージアム、NASAエームズ研究センター、コンピュータ歴史博物館……いやあ、凄い。彼の旅行ファイルからは、これ全部行ったの? と聞き返したくなるほど、施設のパンフレットがどかどかと出てきました。

 月面着陸「顔出し」パネルは、NASAエームズ研究センターのものだったらしい。いやあタフだなあ、いやあ凄いね、と私が言うと「取材が終わったら他にすることないですし、物価も高いですから」と涼しい表情のSさん。編集部で一番の博覧強記は、こんな行動にも支えられているのだなとあらためて思いました。ちなみに特集の誌面上でミュージアムめぐりが成果として結実したのは、76~77頁の「コンピュータ歴史博物館へ行こう!」。そしてSさんのアメリカ土産は、「性能がいいんですよ」という太鼓判付きのアメリカ製耳栓50個でした。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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